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帰路、威風堂々の伊吹を見返す |
お盆休み。
前日は、和歌山・加太で多部丸に乗ってタイ釣り。釣りそのものはそこそこの釣果もあり、とても面白かったんだけど、一つだけ気になっていたことがあった。
雲一つ無い絶好の好天が広がっている。カンカン照りでも、海の上は風が渡り、涼しくてとても気持ちがいい。これで、もう2〜3尾タイが釣れていたら“この世の極楽”だった(そうか、極楽はこんなに身近にあったのか!)。
しかし、この晴天がちびっと恨めしい。「あぁ、一日間違ったかなぁ...」こんなにいい天気は年に何度もない。帯状の高気圧のピークが能登半島付近にどかんと鎮座している。「今日、伊吹を歩いていたら、ごっつい見晴らしやのに違いない」そんな思いが頭をよぎる。
前の朝も1時起き。そして、この朝も1時半に目覚ましをセットしている。
が、目覚ましを切って、二度寝してしまった。ボクにするととても珍しい。
悪い夢を見ながら目を覚ますと、もう3時をまわっているやんか! 一瞬、もう一度寝ようかとも思ったけれど、前日のうちに装備は整えてあるから、もう起きて出発するだけ。それに、昨夜の天気予報では今日も好天が続くはず。諸事情があって、日延べもかなわない。ここでもう一度寝ることは、伊吹を歩くのを諦めることになる。
一瞬のうちにいろんなことに思いを巡らせ、ガバッと起き上がり、着替える。
途中、給油とコンビニでの買出しを済ませ、中国池田から高速に乗ったのは、ちょうど4時。
米原までおよそ150キロ、そこから10キロ足らずで登山口に着く。
幸い、この時間だからか、道中の渋滞はなさそうだ。おっちゃんになってから、高速で100キロ以上の速度で飛ばしたり、常時追い越し車線を走ることは少なくなっていたけれど、先日走行距離が14万キロをオーバーした愛車に鞭打って、ブイブイ飛ばす。
伊吹町に入る手前から、遥か彼方に淡い朝日を受けて、赤紫色に輝く伊吹の姿が見える。尖った山ではなく、台形のような山。西から近づいて行くと、西の山肌が醜く削り取られているのがわかる。石灰質のこの山は、そのままセメントの材料になっているそうだ。ある意味、無残で痛々しい姿を晒している。
しかし、そびえ立つ圧倒的な山容を見ると。「ほんまに、歩けるんか?」という素朴な疑問がムクムクと...。
道中の温度計は20度の表示、これは涼しい。スキー場の案内に導かれるままクルマを走らせる。
うっすらと朝靄が漂う中、三宮神社のすぐ脇にある観光案内所の前の駐車場にクルマを停める。料金は1,000円らしいけれど、この時間だから誰もいない(もちろん、帰りしなに請求されました)。素早く装備を整えて、軽く準備体操。ちょっと気がせいていて、いつもなら入念にストレッチもするんだけど、今回はパスしてしまう(それがアカンかったんかなぁ)。
う〜ん、この軽登山靴のリースを締めるのも久し振り。ストックを伸ばし、スパッツもつける。
いつもなら、地図を首から下げるんだけど、今日は一本道だからそれも必要なかろう。腕時計で時間を確認すると5時50分。さぁ、スタート。すっかり明けている。1時間以上出遅れてるよなぁ。
20台も入れば一杯になりそうな同じ駐車場から、合い前後して何人か出発していく。
まず、登山口から一合目まで。
両手にストック。今日はストーブやカップ麺も入っていないので、ザックが軽いし、スカスカ。
植生の中、予想外の急登。あっと言う間に息が荒くなり、汗が流れだす。「こんなハズでは...」という思いが頭の中を駆け巡る。
スタートした直後に、単独行の二人を相次いで追い越した(両名とも、とても軽装)。そんな手前もあって、早々と音を上げるわけには行かない(辛いところだ)。
鬱蒼として薄暗い綴れ折の急坂を黙々と歩く。汗が顔を伝う。ごろごろとした石が多く、歩きにくいことこの上ない。
やがて、いきなり森が終り、明るいダートの車道へ出る。スキー場休憩所か建物が何軒か連なっている。
食堂の前を通り抜けると草原が広がり、その奥に伊吹が鎮座している。
その姿は圧倒的で、あの頂までこの道が通じているのだろうけど、ボクがあの頂まで歩いて行けるとはとても思えない。軽い絶望感が身体を走る。
今までの経験によると、下から山を見上げて「あかん!」と思うことはそうない。それに、登山口や一合目から、今から歩く山の全貌を見通すことが出来ることも少ない。
いつもなら、目指す山が奥に隠れていて視界に入ることはまず無い。歩きながら喘いでいたとしても、頂きがどこにあるのかわからないことがほとんど。今日は「あとどんだけ」と常に意識しながら歩くことになる。これって、結構ハートに悪い。
ここは一合目。草原(雪が降るとスキー場のゲレンデになるんだな)が始まる手前に、立派なトイレがあるので使わせていただく。するとなんとカンパ制になっていた!
草はくるぶしまでの丈で朝露で濡れている。見た目よりも急な草原に一筋の踏み跡が続いている。喘ぎながら、ほとんど「忍の一字」で歩く。大きなカーブを何度か取り、やがて三合目。
正直言って、もはや全身汗まみれになり、気はうつろ。
ここはゴンドラの終着駅。ホテルもあるし、キャンプ場もある。しかも、ここまで一般の乗用車が乗り込んでこれるのだ。
ここでたまらず一本入れる。ザックを降ろし、どっかりと腰を降ろす。ひやぁー、日頃の不摂生のためか、それともトレーニング不足か、はたまた一合目までで飛ばしすぎたのか...。三合目でもはや足が重いなんて、どういうこっちゃ! 水分補給、タオルを取り出し、顔の汗を拭う。
いつもボクは単独行が多いし、そんなにメジャーな山域に行くわけでもない。だから、コース上に自分以外に誰かいることはほとんどない。だから、この日のように様々なレベルの人が連なって歩いていることに慣れていない。だから、ちょっと見栄を張ってここまで飛ばしてしまったのかなぁ。あかんなぁ。
休憩したことで却って足取りが怪しくなった。もう一日中歩いた後のような足の重さ。
草原は終り、腰までのヤブの中に続くコースを伝っていく(コース上にヤブが張り出していることはありません)。角度は急でとても一直線には取れないので、細かい綴れ折で距離を稼いでいく。振り返ると下界の様子が手に取るようにわかる。
そうこうしているうちに、四合目には気が付かず、いきなり五合目。ここはちょっとしたテラス状の台地になっていて、何とコカコーラの自動販売機がまであり、避難小屋とトイレもある。
もちろん、どっかりとベンチに腰を降ろす。下山途中の方もいてくつろいでいる。
ここから見上げる伊吹は切り立った緑の壁のよう。こりゃ相当にきつそうやなぁ。ますます気が滅入る。でも、この緑の壁はなんだか香港の山を歩いているような、そんなイメージと重なる。
怪しい足取りを騙しながら、もう歩き通すしかない。
ちょうど太陽が目の高さより少し上にあり、眩しい。でもその柔らかな陽射しが身体を包み込み、下から吹き上がってくる風が心地良いことこの上ない。身体は燃えるように熱いんだけど、その興奮(絶望感?)をその風が冷ましてくれる。そのせいか、ついつい細目(こまめ)に立ち止まってしまうョ。
立ち止まってはため息を付き、上を見てはまたため息、そして下界を見下ろしてはまたため息。そして思う「次の合目では、一息入れよう。もうちょっと頑張れ」って。
様々な花が咲き、目を楽しましてくれるんだけど、それをいちいち足を止めて見入る余裕は「ない」きれいさっぱり「ない」。花たちは目の片隅にとどめておいて、ひたすらに我慢して歩くだけ。
考えてみたら、全部見えているから、あとどれぐらいなのかとか、どれぐらいきつそうなのかとか、手に取るようにわかってしまう。それも、いいものだ。
六合目はパスして、七合目でたまらずに休む。この歩みはまるで“牛歩”。
これだけペースダウンしているのに、何故か後ろから抜かされることはない。かと行って、ボクが追い越すことも無い。みんなマイペースで、自分の距離を保って歩いているのか。
割とお年を召した方や、子どもたちがワイワイ言いながら降りてくるのを見かけると、ボクが弱音を吐いてはいられない。
また八合目で一休み。見下ろすと五合目のテラスが遥か下に見える。遠くの山並みもうっすら見えるけれど、残念ながら地上付近は霞んでいて遠い視界が効かない。琵琶湖の湖面すら見えないのは惜しいな。上空には申し分ない青空が広がっているのに!
上を見ると、もうあんまり高度差も距離も無い。もう一息に違いない! ファイトだ!
九合目付近で、上から声が降ってきた。見上げると稜線に人影が。うんうん、ここまで来たんやなぁ。九合目は嬉しくなって、休まずにパス。そのまま勾配が緩くなったコースを辿ると...。
いきなり「山頂で飲む生ビールは最高!」と書かれたのぼりが視界に入る。
「???」これって一体...。
かなり広い山頂広場には数軒の売店が並び、人数も多い。
岐阜県側にはドライブウェイが開通していて、山頂付近までクルマで来ることが出来るのだ。そんな人波や売店の中を掻き分け、測候所脇にひっそりと佇む三角点へ。あぁ、ようやく...。
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牛歩でも何でもいい、ようやく辿り着いた! |
俗化された山頂にはがっくり。このような状況だといろんな資料を読んで知ってはいたけれど、達成感もへちまもない。
東を見れば、そこには伊勢湾や名古屋の街が見えるはず。その方角を眺めると、濃いスモッグの中にある。北は能郷白山や白山が見えるらしいけれど、それらはガスの彼方に霞んでいる。ようやく金糞山やかつて歩いた横山岳が霞みの中にひょこり頭を出している。
西には琵琶湖越しに比良山系、ようやく山影らしいものがわかるけれど、どの山と同定するにはいたらない。南は鈴鹿の山、対面にある雲仙山はさすがにはっきりその姿を現しているものの、連なる鈴鹿の山々はガスの彼方。先々月歩いた雨乞岳はどこだ?
折角の好天なのに、惜しい。もう少し風が強ければガスやスモックが流れるのに。しかし、ある程度の高さにまで上がってくると、いかに空気が汚れているのか、如実にわかる。見てわかるんだから、この汚染度合いは相当なものなんだろうな。
開放感からか、それとも調子に乗ったのか、撮影を済ませてから売店でビールを購入。それをザックに忍ばせ、先ほど九合目通過時に声が降ってきた稜線まで引き返す。ここでどっかり腰を降ろしてビールをいただく。これでようやく一心地。350CCなんてぺろっと飲んでしまう。但し、やっぱりビールは余計だった、アルコールが抜けるまで、しばらくは足許がフラフラしてしまった(アカンなぁ、反省!)。
一度どっかり降ろした腰は容易には上げられない。涼風に吹かれ、暑くなく、寒くもなく。山でちょうどいい風に吹かれていることなんて、ほんと滅多にないこと。
それでも、いつまでも座っているわけには行かない。それに、普通山頂は静かなものだけど、ざわざわと落ち着かない。山頂に設けられてある“お花畑”を巡る人たちが凄い人、まるで行列。人の気持ちも知らないで、ぺちゃくちゃ喋ってかしましい。
帰りはのんびりと。
行きしなは必死になっていて、そうも思わなかったけれど、このコースなかなか厳しい。
理由は簡単。一昨年歩いた大山と同じ。コースコンディションをいくら整えても、歩く人数が多すぎて、すぐに荒れてしまうのだろう。掘れたりえぐられたりして、それにコース上に石や小石が浮いていて歩きにくいことこの上ない。特に、下りは滑りやすくなっていて危ない。
ちょっと考えさせられる。有名になれば訪れる人は増える。でも、登山道のコンディションや環境を整えるのは傍から見ている以上に大変なことなんだろうと思う。ボクは歩かせていただくだけで、こうして文句を言う。コースを管理されている伊吹町や関係の山岳協会の方にはほんとうに頭が下がります。ご苦労様、そして有難うございます。
今までザックに入れてあるだけだったデジカメを腰のベルトに付ける。しかし、ケースに収まっているヒマがないほど次から次へと花が咲いている。何枚も何枚もシャッターを押す。モニターに直接日の光が入り、ちびっこの液晶が見難い。ピントが合っているのかも確認できない。
普段はほんの数枚しか写真を撮らないのに、この日は100枚以上。高山植物には今まであんまり興味がなかったけれど、これだけ多くの繊細な花を見て。改めて見直しました。
下りは楽やろうと思っていたけれど、こうして写真を撮りながらだから、ちっとも進まない。しかも、どんどん下から上がって来る。七合目〜九合目は胸突き八丁なのが身をもってわかっているだけに「がんばれ!」と心の中でつぶやきながらコースを譲り「こんにちは!」と挨拶を交す。みなさん息も荒くしんどそうだ。ご苦労様。
それにしても「下りは楽」っちゅうのは、全くのウソ。
歩きながら「こうやって高度を稼いでんなぁ」とわかる。それだけ、上りに苦しく、下りにツライ。それでも、何とかかんとか五合目まで戻ってきた。ベンチにどっかり腰を降ろす。振り返る伊吹は本当に存在感がある。
三合目からはゴンドラに乗ろうかとも考えたけれど、急ぐ予定もなし、のんびりと歩くか(いや、素直に乗れば良かったかな?)。
長いゲレンデ歩きを終え、一合目へ。この辺りになればただただひたすらに暑い。汗でぐちょぐちょ。三合目から下が結構きつかった。
一合目から少し上のゲレンデではパラグライダーの講習会をやっている。これが、見ているだけでも楽しい。慣れた人は三合目から滑空を楽しんでいる。上手い人のは、それを眺めて「気持ち良さそう」と憧れてしまうが、練習をしている姿は何ともユーモラス。こうやって、一人前になっていくのですね。
時折、重い足を停めてその姿を見ていると「いっぺんやってみよかな」という気になるから不思議。もし、この伊吹で山頂から滑空できれば、何とも言えない爽快感やろなぁ。
もうボロボロ。
心の中でヒーヒー悲鳴を上げる。半べそでようやく登山口にたどり着いた。行きも帰りも結構厳しかった。
登山口の脇に“力水・ちからみず”という泉(?)が勢い良く流れ出ている。伊吹はここより上には一切水場が無いので、注意が必要です。
さぁ、ここで一息と思っていたら、先行のパーティが喉を潤している。その中のお一人の方、なんだか知っている人に似てる。六甲ならともかく、伊吹で知人に会うか? でも、やっぱりそうだった。お互いに山を歩くとは知らなかったので、びっくりするやら驚くやら...。
バテたなぁ。脚も身体も、それどころか脳ミソまでバテた。
クルマに戻り、リースを解くと、深々とため息一つ。本当にお疲れさまでした!
帰り道、“ジョイいぶき”で一風呂浴びました。疲れ過ぎていて、気持ちいいのかどうかもわからない。どんなバテかたや...。
お風呂よりも、最初冷たいシャワーで体温を下げたときの爽快感は何とも言えません。その後、露天も含めてジャグジーでのんびり。最後に薬草風呂で仕上げました。これで300円だからメリットあります。
その後、お蕎麦で昼食と思ったけれど、なんと長蛇の列。仕方ないので、アイスクリームを買って帰りました(失礼なお話しだけど、同じ滋賀県なら永源寺の池田牧場のアイスのほうが美味しいと思う)。そうそう、お蕎麦屋さんの横の直売所で“伊吹米”も買いました、こっちは美味しいかな?
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さて、ここでポイント。
まず、マイペースで歩きましょう。そして、登山口から一合目までは意外ときついので抑え目に。
また、一合目以降は頂上まで陽を遮る潅木は一切ありません、少なくとも帽子、天気が良ければサングラスか日焼け止めが必需品です(ボクは顔が焼けた!)。
それと、三合目で一息付いたらアカン。一合目で一旦汗を拭うのはいいとして、その次は五合目のベンチまで頑張りましょう。そのつもりでペース配分するとスムーズに行くと思います(でもあくまでも、ご自身の体調に合わせてくださいね)。
それと、水分補給は忘れずに。オンシーズンなら、頂上で補給できます。登山口までに少なくとも500ml、人によっては1lは準備しましょう!
一番しんどいのは七合目から九合目まで。でも、終りの無い道がないように、道は必ず頂上へ運んでくれます。頑張りましょう。
今、思うに。このコースの醍醐味は、帰路、五合目のテラスでベンチに腰を降ろして振り返る伊吹を見上げるときにあります! 山頂がもうひとつだけに、この五合目で味わう充足感は何とも言えませんね。
そして、無理せず、三合目からはゴンドラに乗ることをオススメしておきます。三合目以降のゲレンデ歩き、一合目から登山口までの暗い道は結構めげます。楽しい思い出をそのままに持ち帰るには、ゴンドラで一気に降りれば良いでしょう。ゴンドラから見るパラグライダーも乙なものではないでしょうか?
過ぎてしまえば辛かったコースも楽しい思い出。準備万端で臨んで、楽しんでください。
おつかれさまでした。
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