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ついさっきまでいた洲藻白嶽に陽が落ちる(対馬空港から) |
そんなに期待していなかった。
正直に言うと「行きかけの駄賃」のような気持ちで歩き始めた。
それなのに今まで山歩きのなかでも確実に三本の指に入る「感動」。もう言葉に出来ない!
早くまとめないと、その感動がどんどん薄れ、忘れてしまうョ(いやいや、言葉にした瞬間から「感動」は「想い出」へと姿を変えてしまう)!
二カ月程前に所用で壱岐へ行くことが決まっていた。
せっかく壱岐まで行くなら山歩きを楽しもうと、いろいろ調べたが、壱岐には山らしい山がないらしい。でも、もう少し足を延ばして対馬になら山がある。
残念ながら一泊二日の旅程では、あそこもここもとはいかない。対馬で一番の高さではないけれど、手ごろな時間で歩けそうな洲藻白嶽(すもしらたけ・518m)を目標に定めた。資料を立ち読みし、ネットで調べて、最後に天神の丸善で25,000分1地形図を買う。
12時25分に高速艇「ヴィーナス」で対馬の厳原(いずはら)港に到着予定。
いつもなら早朝にスタートして昼前には全行程を終えていることが多いけど、今回はずいぶん遅いスタート。秋の陽は「つるべ落とし」。無事に行けばいいんだけど...。
たおやかな丘陵の壱岐を後にして、一眠りしてから目前に近づく対馬は、海岸線からして険しくそそり立っている。緑の山容は険しく高い。静かに滑るように厳原に入港する。目的の洲藻白嶽をここから見ることは出来ない。
ここからはタクシーで洲藻にある白嶽の登山口まで乗り付ける。
少し贅沢かなとも思ったけど、滞在時間も短いし仕方ないかな。洲藻の集落から登山口までが道路工事中だったので予想外に時間を喰ってしまい、登山口に着いたのは13:20ごろ。帰りに迎えに来てもらう約束をして、タクシーを降りる。ここにはクルマが1台停まっている。先行者がいるようだ。
雲ひとつ無い快晴なのはいいけれど、気温は少し高め。温度計は20度を少し割っている程度。久々の山行なので入念に体操とストレッチで身体をほぐす。装備を整え靴紐を締め直し、ザックをかついだ。
登山口からしばらくは、谷に沿い流れを右や左に見ながらの立派で歩きやすいコース。植生に囲まれ、高い梢から日差しがこぼれ落ちている。このコースなら真夏でも木陰のコースでなんとか歩けそうだ。
緩やかな上りが続き、植生が自然林に変わると木で組んだ階段状のコースが九十九折の地道に変わり、角度がやや増す。この頃には汗が全身を流れ、一息入れたくなる。このところサボっていたからなぁ...。
そこを一踏ん張り。やがて、白嶽神社の石の鳥居が見えて来る。ここは別のコースからの出会いにもなっている。時間にして登山口から約30分。情けないことに肩でハーハー息をしている。ザックを下ろし、タオルで汗をぬぐい、水分を補給する。10月も終わりだけれどまだまだ暑いよ!
この鳥居をくぐり、歩みを続ける。今までの穏やかな上りから、角度がやや急になる。
しばらくで「鎖場」ならぬ「ロープ場」に。やや荒れ気味のゴツゴツした岩がの剥き出しになっている。渡されているロープを握り締めながら踏ん張る。
ここで降りてくる家族連れと出会う。「ごくろうさん。もう少しだよ。」と励ましの声。「そんなに大きい荷物で、今夜は山で泊まり?」
確かに今回、山用以外の荷物も詰め込んであるので、ボクのザックはぱんぱんに膨らんでいるし、重量もある。汗をぬぐいながら挨拶をして、この家族連れを見送る。
さらにロープを頼って歩くと、石で組まれた土塁にちびっと広い広場が現われる。ここにはかつて白嶽神社のお社があったのだろうか?
見上げればここは鋭く切り立った崖の直下だ。崖ではなく巨大な岩魂。「こんなとこ登れるのか?」 ちびっとビビる。
この広場で汗をぬぐうと、左手奥にコースが続いている。ほんの数歩で岩の割れ目。一旦下がると小さな祠が目に入る。その先、左手に巻くように踏み跡が続いている。「大丈夫か?」と思いながらもコースなぞる。
気がつくと、もうここは巨大な岩盤の一辺。
いきなり南側の展望がドド〜んと広がり、足下は数十メートル下までもう何も無い。今考えれば何でもないけど、この時は足がすくんだ。
右手の岩にへばりつくようにそろりそろりと小股で足を進める。「進退窮まる前にもう引き返そうか」とまで考えてしまう。左手に広がる展望は素晴らしいけれど、顔を上げるのが恐い。手許と足許から視線を外したくない。
距離にしてほんの数メートル。時間にして10秒もあったかどうか。頭の中は恐ろしいスピードで最悪の事態を考えている。「滑落したら、間違いなく生命はないなぁ...」なんて。
目の前にある最後の一辺。これを上がれば洲藻白嶽の頂上なのは間違いない。緑のロープが目に入る。このロープに身を任せて、最後のあがきだ。へっぴり腰で最後のアタック。
恐いけど、素晴らしい。
もうどんな言葉も要らない!
狭い山頂に立ち上がることは恐くて出来なかったけれど、快晴の空の下、360度ぐるっと広がる展望。
こんなの初めての経験だ。疲れも、汗も、何もかも。ほんとに何もかもが一瞬にして吹き飛んでしまうほどの爽快感。この気分は何物にも代えられない!
ザックを降ろし、おそるおそると立ち上がる。
海岸線と島々に真っ青な海。うねうねと続く対馬の背骨。上空は雲ひとつない快晴なのに、風がないせいか水平線は霞んでいる。残念、指呼の間にあるはずの朝鮮半島の姿は見えない。
すぐ北側(東側?)には洲藻白嶽の東峰がどんっとある。
そうこうする間に乱れていた息も落ち着いて、すっかり恐怖心も遠のく。双眼鏡を取り出して眺めたり、デジカメで撮影したり...。狭い山頂で風に吹かれている間にあっと言う間に30分も過ぎている。
あぁ、それにしても不思議なもの。あれだけ感激したのに、どんどん忘れてしまう。人間とは何ともったいない生き物なんだろう。
山頂での静かな、風と戯れた時間はほんとに素敵な想い出だ。
「ロープ場」は上りよりも実は下りの方が危なかったりする。それでも息も上がらず淡々と下りきってしまった。途中何度も何度も足を止めて、椿の実を探す。
約束の時間より随分早くに登山口に着いてしまった。汗を吸ったシャツを着替えると、それこそ「つるべ落とし」。周囲は夕暮れの趣に包まれる。
対馬空港から振り返ると、さっきまでいた洲藻白嶽に陽が落ちる。
いい山だった。
決して多くの人が訪れる山ではない。でも「もう一度歩きたいな」そんな気にさせられる。それでいながら、今まで以上の人が歩くとこの白嶽の環境は容易に崩れて荒れてしまうような気もする。静かにそっと見守ってほしい杜とコースだ。
※参考までにタクシー料金は...
◆厳原港〜洲藻白嶽登山口 約20分 約4,000円
◆洲藻白嶽登山口〜対馬空港 約15分 約3,500円
●厳原観光タクシー tel.0920-52-1814
おつかれさまでした。
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