明日へのチケット

ボクも汽車に乗って...



  

エルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ、ケン・ローチ。この3人の著名な監督が、ローマに至る鉄道の中でのドラマを連作した作品。
ブツっとちょん切られているのではなく、主人公は入れ替わるもののアルバニアから移民(?)家族の姿がずっと乗り合わせているのがミソ。レールが継ぎ目がありながらもつながっているように、この作品も一つのつながりをもって、ボクをローマまで運んでくれる。

どのエピソードもそれぞれに味付けや角度は違うものの素敵なお話し。強いて言えば、3本目がやや作為的な部分が見え隠れするかもしれないが、この3本目がハッピーエンドではない(!)ところに面白さがある。

はじめてヴァレリア・ブルーニ・テデスキとお会いした(もちろんスクリーン上でだけど)のは「ふたりの5つの分かれ路」だったかな。決して美人ではないのだけれど、ふくよかで、どこかほっとさせるものを持った女優さんだと思った。何しろ、この映画の手法が、どんどん時をさかのぼっていくにもかかわらず、ほぼ20年ほどを一人で演じきった、その巾の広さに驚いた。知的さよりもチャーミングな方だ。その後「ぼくを葬る(おくる)」でも、意外な役(しかも難しい役だった)でお会いした。
今回は、出番も台詞も多くはないのに、その存在感は圧倒的だ。知的で素敵な(なおかつ仕事が出来る)女性を見事に演じている。いいなぁ、こんな女性に出会いたい。
ヨーロッパの列車には乗ったことはない(それどころか行ったこともないんだけど)けど、食堂車も指定席になっているんですね。列車に乗り合わせた人がふらっと食事を取るのは難しそうだ。この晩は特に混み合っていたから余計にそうだったのでしょう。
隣のテーブルは、新聞を切り裂きながら読むパラノイア風のオヤジだし、向かいの席には警備のために乗り合わせた特殊部隊の指揮官がサングラスをしたまま仏頂面で座っている。
そんな異様な雰囲気の中、教授(カルロ・デッレ・ピアーネ)はさまざまな思いの中を行ったり来たりする...。もし、これが予定通りに飛行機で帰っていてもその思いはこうだったのだろうか。
列車の別れ、列車に乗り行ってしまう人、そしてプラットフォームに残される人...。飛行機ならこうはいかない。無機質なゲートかエスカレーターが、そのまま永遠のお別れだ。
ボクも若いうちは、腫れた惚れただけが男女の仲だと思っていた。だから、この一つ目のエピソードは「感傷的な年寄りのたわごと」だと受け止めたかもしれない。でもね、決してそんなことはない。年を経て、愛とか恋とかではなく、ただ思うという男女の姿もあるのだなとようやく気が付いた(遅すぎるで!)。
ノート型のパソコン、携帯電話など現代風の小物が脇を固めながらも、列車は今日も走るし、赤ん坊にとって必要なのはほ乳ビンとあったかいミルクなんだな...。

先日、大阪のおばちゃんが出てくる映画を観たけど、イタリアのあつかましいおばちゃん(シルヴァーナ・デ・サンティス)には圧倒された。大阪のおばちゃんなんてかわいいものだ。このおばちゃんのミスリードに乗って、ぐいぐいお話しの中に引っ張りこまれていく。気が付けば、ボクもこのローマ行きの列車に乗っている。
そんなおばちゃんを含めて、いろんな人が乗り合わせる列車の車掌さんはなかなかの人格者じゃないとやってられない。車掌さんとくらべて、そのおばちゃんと一緒に旅をするフィリッポは、まだ修行が足りない。
一度に全てを明示せず、一見関係がないような会話から輪郭を浮かび出させる手法は見事。まるで「桜桃の味」を観ているような気がした...。

この映画が撮られた時にはもう中村俊介はスコットランドのセルテックスに移籍していたのだろうか?
そのセルテックスがローマで行われるチャンピオンズリーグのアェイ戦を見るためにグラスゴーからやってきた三人の若者たち。多分、故郷の街を出る時からこのグリーンと白のシマ模様のクラブジャージを着ていたんだろう。その中の一人は「SWEET SIXTEEN」で主役のリアムを演じていたマーティン・コムストンだったとは、後で知りました。仲間でこっそり貯めていた虎の子のヘソクリを、こともあろうか「安かったから」と革靴に変身している(しかも持ってきている!)のには驚きを超えて、呆れる。そして、こんなエピソードが映画の中で役どころに命の息吹を吹き込むのだなと思った。
ここのエピソードでも、多くの人が乗り合わせる列車独特の出会いと別れが巧に描かれている。駅や空港が人生が交錯する場所だとすれば、列車の中は様々な人が一つの空間を共有しながら移動していく独特の場だということ。それが良くわかる。何しろ、一瞬すれ違うだけでなく、時間はたっぷりとある。
本当なのか、口からのでまかせなのか。一等車ではないだけに、いろんな事情が絡み合う。でも、良かった。若さゆえの浅はかさと思わないでもない。でも、若いからこそ信じられる、賭けられるものがある。そんな思いを思い出させてくれた。

狭い上にベルトで座席に縛りつけられている飛行機(まぁ、FやCでは事情は違うのかもしれませんが...)に比べて、列車というのはなんと贅沢な空間があり、そして贅沢に時間が流れるのでしょう。あゝ、出張ではなく、プライベートで汽車に揺られたくなりました!

大阪と神戸での上映は終わってしまいましたが、京都や広島では今から公開されるようですね。重いお話しではなく。軽い気持ちでご覧になられて、じわっと胸にしみこむいいお話しです。チャンスがあれば是非どうぞ!

おしまい。