麦の穂をゆらす風

何も知らなすぎる



  

英国には行ったことはないけれど、今まで紳士の国だと思っていた。
だから、この国の人々は紳士淑女ばかりなんだと勝手に思い込んでいた。決してそんなことはないのを、映画などで知っていただろうに、思い込みから形成されるイメージとはつくづく恐ろしい。
英国は実は階級社会で、上流階級の方々と労働者階級とでは、生活様式や考え方も大きく異なっているのも当たり前で、英国に住む人を一まとめにして“英国人は○○だ”と表現するのは無理があり、不適切なわけだ。
いやいや、そもそもボクが認識している“英国”や“イギリス”がいったいどの範囲を指す言葉なのかすら、極めてあいまい。

どういう背景なのかは明示されないけれど、徐々に明らかになっていく。
アイルランドは英国とは異なる宗教、異なる言語を持っているということ。そして、英国はアイルランドに征服国として君臨しており、アイルランドは英国からの独立を強く望んでいる。しかし、英国はアイルランドの独立を認めたくないと思っているということ、などなど...。
この映画を観ながら、いかに自分が何も知らない(知ろうとしなかった)のかがよくわかった。世の中、知らないことばかりなんだな。

IRA(アイルランド共和軍)は、ほんの少し前までテロ組織として、新聞にその名前が載らないことが珍しいほどだった(今ではほとんど耳にすらしなくなったけど)。
そのIRAの黎明期(?)をある兄弟を通して描いているのが、この映画。

映画では何が良くて何が悪いのかは明示しているわけでもなく、ましてや擁護や非難があるわけでもない(ように思う)。
ただ、当時の世相をありのままに描いている。
いや“ありのまま”なんて有り得ないか。IRAに身を投じた青年の目を通して描いているから、IRA立場からの代弁になっているのかしれない。IRAから描くことによって、「IRA=テロリスト=悪者」という従来のボクの感覚とは異なる視線で観てしまう。
英国もかなりひどいことをしている。それも、目に余るようなひどさ。
衝撃的なのは、冒頭の農家でのリンチ事件と、駅のフォームで繰り広げられる英国軍の振る舞い。インパクトは強烈で、説得力がある。
しかし、見方によっては、この映画で描かれている抗英運動(?)は、そのまま大陸や半島などで行われていた抗日運動に置き換えることも出来るのではないか。そんな目で観ることも可能なんだと思った。
この「麦の穂をゆらす風」という映画を観て、ここで描かれていることが史実に忠実かどうかではなく、こういうことがあったという事を知ることが大切だと思った。そして、物事は多面的に見ることが必要だと痛切に感じた。

政治的なメッセージ色が強くて、娯楽作品としてはお話しが重過ぎるし、2時間オーバーの上映時間とかなりへヴィー級。
でも「プルートで朝食を」で主演していたキリアン・マーフィがここでも好演。まるで違う人物かと思ってしまうが、瞳は同じ(当たり前か!)。彼の恋人役を演じたオーラ・フィッツジェラルドとっても良くて、今後に期待ですね。

とにかく、観終わっていろいろ考えてしまう作品なんですが、余りにも知らなすぎるボクにとって、この映画を紹介することは出来たとしても、評するのはムリだなと思いました。
ちなみに、06年カンヌのパルムドール受賞作です。

おしまい。