いつか読書する日

なぜか、心は醒めたまま



  

「この映画はいい」と聞いていたので、さっそく前売券を購入。
でも、本業が忙しくて封切りの週には行けなかった。たった二週間、しかもモーニングのみの上映だから、この週末を逃すわけにいかないので、駆けつけた。急遽、劇場がC・A・PからOS劇場に変更になっているし、どんどん人が入って来て、4/5ほど入っている。これは凄い! OSでここまでお客さんが入っているのは、初めての経験。
但し、OS劇場はスクリーンはわりと上にあるものの、傾斜がゆるく、人が多いとかなり観にくい劇場になってしまう。しかも、普段映画館には来ないような方が大半だから、皆さん座高が高い高い。出来るだけ浅く腰掛けて座ってほしいものですね。
結局、上映は四週間にわたり、しかも3週目以降は朝2回上映になっていたようです。焦って駆けつけて損したかな?

絶賛とはいかなくても、評判が良いのは確かで、耳に届くのもそんな感じだった。
田中裕子は「火々」に負けないだけの熱演だし、岸辺一徳も持ち味を遺憾なく発揮している。久し振りに顔を見る仁科明子も良かった。
でも、ボクはなんだか心が動かず、どこか醒めていた。

ボクには、大場美奈子(田中裕子)も高梨槐多(岸辺一徳)も理解できなかった。だから同感も出来なかった。

語られるお話しはざっとこんな感じ...。
朝は牛乳配達、それが終われば夕方までスーパーでレジ打ちのパートをしている美奈子。そんな単調な独身生活の繰り返し、そろそろ老いを感じてもおかしくない年齢に近づいている。重たい牛乳ビンを抱えながら坂道を駆け上がる。配達をしながら美奈子の心がときめく家が二軒だけある。一軒は死んだ母親の友人で、親代わりとさえ思っている皆川敏子(渡辺美佐子)の家。そしてもう一軒は、幼馴染で初恋の相手高梨の家。今朝もまるで時計のような正確さで、各家に牛乳を届けていく。
物語りの核心に触れる前、美奈子の日々の生活を描く描写は、極力言葉による説明が省かれている分、やさしい視線でなおかつ丁寧。
遥か40年近くも前の過去が語られ、現在が語られ、そして束の間の未来が語られる。その中で、美奈子と高梨の関係が描かれる。

ボクにはまるで救いようのないお話しに感じた。
さすがに“気持ち悪い”とまでは言わないけれど、二人の思いを共有は出来なかった。それだけに、不謹慎かもしれないけれど、ラストの意外なお話しの成り行きに、少なからずホッとした。

ボクは、何十年間も一人の人を思い続けるそんなエピソードは嫌いではない。むしろ、そんな姿に憧れに似た感情さえ持つ方だと思う。そして、それがお互いにそうだったら、遅すぎた春として、大いに拍手をして暖かく見守りたい。
でも、今回のお話しは、どうも腑に落ちない。
その理由は、高梨の奥さんである容子(仁科亜季子)にあるのではないだろうか? すなわち、病身でほぼ外の世界と隔絶したような存在である容子が、どうして美奈子と高梨の関係に気が付くのか。恐るべき洞察力であり、嫉妬心だ。その割には、理解できない寛容さを高梨に晒すのはどういうことなんだろう?
そこの理由をもっとクリアに表現していてくれれば、ボクがこの映画から受ける印象はかなり違ったものになっていたような気がします。それとも女の勘は、それほどにも鋭いものなのだろうか?
いやいや、高梨は牛乳をほんの一口分だけ口に含んで、残りは流しに空けてしまう。そんなシーンから高梨が美奈子への言葉にならない思いや、どこかで細い線でもいいからつながっていたいという思いを汲み取れということなのだろうか?
それとも、鈍感なボクは、大切な示唆を見逃してしまったのだろうか。う〜ん、ちょっとわからないな。

そんなことよりも、中盤以降気になっていたのは、ロケ地はどこなんだろうということだった。路面電車が走り、急坂が街に迫っている。こんな地形はどこにでもある風景ではない。恐らく長崎だろう。町名が入った住所表示は目に入るのに、都市名もクルマのナンバープレートも映らない。なんだかイライラしてくるよね。セリフにはほとんど土地のイントネーションがなく、ほぼ標準語だから始末が悪い。
まぁ、エンドロールで、やっぱり長崎だと確認できたから、なんだか胸のつっかえが降りたような気がしました。

よく練られたお話しであることは間違いなく、印象に残るシーンも少なくない。
最も印象に残るのは、槐多がクレームを付けに役所に来た老人に対して、ぼそっと尋ねるシーン。「50歳から80歳まで、長いですか?」「長いよ」。そうか、長いのか...。
それに、美奈子の家にある圧倒的な量の蔵書。その本の壁を見て、ボクはこう思った。遥か昔、美奈子と槐多の待ち合わせは街角の書店さんだった(最近、こんな書店さんはめっきり減ってしまいましたね)。彼女は間違いなく本が好きな少女だったのだろう。しかし、槐多と別れてから美奈子は読書を封印していたのではないだろうか。そう思った。一度、ベッドで本を開くシーンが挿入されるけれど、これはまだ高梨と付き合う以前に読んだ古典(すいません本のタイトルは忘れてしまいました)を確認しただけだ。だからこそラスト近くに美奈子は「本を読む」と答えるのではないでしょうか。違うかもしれないけど、ボクはそう思いました。

ボクには正直云って「もうひとつ」だったけど、ボク以外の方の評価は依然として高いようですから、チャンスがあれば是非スクリーンでどうぞ。しょうむないとか面白くない作品なのではなく、単にボクには合わなかったのでしょう、きっと。

結局、ボクは「自分なら槐多のような行動は決して取らない」とわかっているから、このお話しに同化出来なかったんだ。きっとそうなんだろう...。

おしまい。