父と暮らせば

宮沢りえがすばらしい。三拍子揃った名作


  

ソレイユからバスで市内へ。
広島で大衆的(?)なパスタ屋として有名(?)なマリオで遅い昼食。かつては各地にチェーン店が点在していたけれど、マリオの名前で今も残っているのは、この立町(たてまち)のビル地下にひっそりとあるお店だけ。他の店はすっかりお洒落なお店に変身してしまった。
そんなマリオの傍にあるこれまたビルの地下奥深くにあるのがシネツイン。不思議なことに、お邪魔するのは初めて。姉妹館であるサロン・シネマには何度か行っているけどね。

上映開始ギリギリの時間になってしまった。広島では先行上映が始まって何週間か経っているので、もうそろそろ空いているだろうと思っていたのに、満席。年齢層は“えっと”高い。でも、いい席が一つぽっかり空いており、そこに座らせていただく。そんなに広くない劇場だけど、係の方がちゃんと誘導してくださり助かった。

幼い頃の宮沢りえのことをほとんど知らない。随分前に貴花田と婚約寸前まで行ったことは知っているけどね。
だけど、この宮沢りえ、とてもいい女優さん。間違いない。今後も銀幕を飾る大スタアとして活躍して欲しい!

久し振りに耳にする広島弁が懐かしい。
この作品は、広島でこそ観たかった。
たった二人しか出てこない作品(ほんとは四人だけど)。そのほとんどが大きくないセット。だけど、そこで繰り広げられる時間は、濃厚。

最初は、よくわからない。
がらんとした廃墟に美津江(宮沢りえ)が帰宅してくる。すると、押入れの奥から父・竹造(原田芳雄)が出てくる。そして告白とも独白ともつかない話しが互いの口をかりて出てくる。
やがて、おぼろげながらわかってくる。この家は元は旅館。だから玄関も立派だし、台所も広い。太平洋戦争が終り三年。美津江は比治山の近くにある図書館に貸し出し係として勤めているらしい。父親は原爆で死に、彼女自身ももちろん被爆者。
原爆は何も美津江だけの運命を変えたわけではない。広島に暮らしていた人全ての運命を変え、日本のいや世界の進路も大きく変えてしまった。

「広島では死ぬるのが当たり前で、生きていてはいけんのです」
娘が父に話し掛ける。

このお話しは確かに、原爆のお話しであり、ある意味反戦のお話しかもしれない。
でもね。ボクはこの映画はそんな小さいジャンルは飛び越えた映画だと思った。
美津江や広島の街は、終戦の三年後。まだまだどん底の状態。明日だって本当に来るのかわからなかったはずだ。そんな状況の中でも、ぽっと心に小さな炎が灯ることがある。そう、人間って弱い生き物だから、苦しいときには何かの希望にすがりつきたくなる。そうしないと、生きて行けないのだ。

父親は「恋の応援団長」として、この旅館に戻って来た。
父は幽霊なんかじゃない。美津江が求めた幻だった。

「木下さんがくださった」という饅頭を父に見せるときの美津江の輝いた表情。
「いんや、うちは幸せなってはいけんのです」と口にする苦しそうな瞳。
彼女の心の葛藤を父娘が代弁して繰り広げるやり取りは、楽しくもあり哀しい。
炊き込みご飯を作ってあげると言い包丁を握っているかと思うと、置手紙を残して自分は宮島へ行くと突き放してしまう。
揺れ動く美津江の心を宮沢りえが見事に演じています。

難しいことを考えなくてもいいから、是非とも大きなスクリーンでご覧下さい。
脚本(原作)、監督、役者と三拍子揃った作品。
今までのところ、今年のベストと言える映画です! おすすめ!

大阪では昨日(8/28・土)から梅田Loft地下のテアトル梅田で公開されています。おそらく、その後も各地でさまざまな形で上映されると思います。

おしまい。