めざめ

それぞれの人生は、巡り合って、スレ違って...


  

何ともややこしい映画。
「21グラム」が、パズルの最後のピースがピタっとはまる快感だとしたら、この映画はどう表現したらいいのだろう?
梅田ガーデンシネマで、ひっそりとモーニングショウのみで公開。予告編すら見てないような気がするなぁ(その割には、そこそこお客さんが入っていたけどね)。

闘牛士が出番を目前にして、控え室で着替えている。最初は何事か喋っている。そして、だんだんと寡黙になり、精神を集中させていく(こんなシーンは「トーク・トゥー・ハー」にもあった)。この着替えながら集中力を高めるのは、一種の儀式のようなもんだろうな。そして時間が来る。彼は歓声に迎えられて闘牛場に足を踏み込んで行った。
その頃、遠く離れた南仏のリースにある保育園。一人の少女がお絵かきの時間に発作を起こして倒れた。その少女を抱え起こす保母。
少し離れた畜産センターのコピー室では、男女が激しく交わっている。
この街の体育センターのプールでは、精神を解き放つという怪しげなセミナーが静かに始められていた。
そして同じ頃、スケートリンクでは、中年の男が滑走しながら壁に激突し、氷の上に倒れこむ。

一見、何の関係もなく(いや、実際に関係ないか)細切れの映像が繋ぎ合わされて流れる。ただ、時間が行ったり来たりせずに、一方通行で進んで行くのが救いかな。かなり進んだところでも、物語がさっぱり理解出来ない(いや、最後までこのままだったりして)。これっていったい...。

若き闘牛士は、最後の一突きというところで、雄牛の一撃をお腹に受けてしまう。
この模様がテレビを通じて流れている。そして、発作を持った少女が、自宅のテレビで闘牛士が倒れる場面をたった一人で見ていた。

この映画に出てくるのは、闘牛士と彼の取り巻きの男たち三人。保母と彼女の両親。発作を起こす少女とその両親。役者志望のイタリア人の女性、自殺志願者の男。獣医とその妻。誰が主人公という訳でもない(闘牛士の取り巻きは、影が薄いけど)。彼らが、お互いにほんの些細な係わりを持ちながら、各々の物語りを紡いでいく。
お互いを結ぶ細い細い糸は、若い闘牛士を押し倒した雄牛だと言うのだが、その糸はあまりにも細く、クエッションマークが激しく点滅する。だから結局、観終っても「あぁ、そうやったんか!」と思うことはない。

でも、それはそれでいいのかもしれない。
人はそれぞれドラマを演じながら生きている。そのドラマは必ずしも劇的なものばかりではない。こうやって南仏のリースで暮らす人々をちょっと俯瞰してみても、それがよくわかる。この映画は、きっとそんなことを伝えたかったんだろうな。
観ていて疲れてしまうのは、登場人物の多さと、その登場人物たちが語る物語りの共通性の無さ。映画は結果として、一応収まるところに収まって終わるのだが、どう考えても釈然としない。
そうか、それぞれの人生はテンでバラバラに進行して、それらは決して一点に収束することなんか無いんだもんな。そんな当たり前のことがおぼろげながらにわかる。でも上手い映画なら、もう少し上手くまとまっていたかもしれないなぁ。

かつてお会いしたことがある俳優さんが出ていたのかどうか不明だけど、少なくとも獣医の男は見たことあるような...。

何か強いインパクトを受けるわけではないけれど、お時間が許せばご覧になっても損はしない映画かもしれません(ちびっと、逃げ腰)。もっとも、ガーデンでの上映は終わってしまいました。

次回は、待ち焦がれてン年。ようやくスクリーンで拝見しました、チョンドヨンの主演作「ハッピー・エンド」を紹介させていただく予定です。

おしまい。