列車に乗った男

静かに、しんみりと


  

東京へ出張へ行くと、好んで泊まるホテルがある。
普通のビジネスホテルだけど、閑静な街中にあり、静かな環境が気に入っている。欲を言えば、部屋に冷蔵庫があればいいんだけどな。でも、値段も安いし、出張先へ行くにも渋谷に出るのも便利。
だったのに、5月一杯で営業を停止するそうだ。淋しくなるなぁ。今は出張も減って利用することも少なくなっていたけれど...。

Bunkamura ル・シネマ。上品なハイソな雰囲気が流れる映画館。ロビーにもう少し椅子が欲しいな(ベンチでもいい)。それと、座席のアレンジをもう少し考えて欲しい、前の人の頭がかなり邪魔になる。ひょっとしたら、最前列が観やすいのかもしれないな。同じような雰囲気のテアトル銀座は映画も凄く観やすい。
ル・シネマで拝見してきたのはフランス映画の「列車に乗った男」。お客さんは1/3ほどだから、他の人の頭は気にならなかったけどね。

静かな作品。
どこかわからないけれど、地方の小さな街。街中の人が顔見知りで、誰が何をしているのか皆が知っているような小さな街。
この街の駅に列車が到着する。降りる人がほとんどいないこの駅に荷物一つ持って降り立ったのがミラン(ジョニー・アリディ)。皮ジャンを着ている。体格は大柄。でも年齢は、中年も終りに差しかかっている。見るからに凶悪そうな顔(!)には人生の年輪が深く刻まれている。
この男が、立ち寄った薬局で居合わせたマネスキエ(ジャン・ロシュフォール)と口を交わす。それだけのことなのに、ミランはマネスキエの家に厄介になることになる。

何事につけ、対照的な二人。長い間生きて来て、自分の道を歩いてきた。そう、人生にはいろんな道があって、その中から自分で選んで、その道を歩いて来た訳だ。
マネスキエは、地元の高校で国語の教師を長く勤め、今はリタイアしている。物静かな性格で、暴力を振るったり、人を衝突することはおろか、声を荒げることもない。街中にある屋敷に一人で住まい、ピアノをたしなみ、読書し、料理を作って日々を過ごしている。一方、ミランは落ち着いた生活をしたことがない。いつも街から街へと流れ歩き、家もなければ家庭を持ったこともないと言う。
マネスキエの性格を表現する、パン屋での会話のエピソードは傑作。一方、ミランはふっと漏らしたスリッパを履きたいという挿話は秀逸だった。

そう、ドラッグストアで話すことがなければ、生涯知り合うことも、話しをすることもなかったに違いない。
考え方も属する社会も違う二人が、偶然出会い、束の間の時間を共有する。お互いが、お互いの生活や性格に憧れにも近い気持ちで惹かれる。でも、そこは初老といっても差し支えのない年齢だ。無理はしないし、言わない(まぁ、口には出すけど)。
二人とも、土曜日に用事を抱えている。だから、その土曜までの三日間、二人は一緒にいる。
その間、特に何が起こるわけでもない、静かに淡々と時間が流れ、ふとした出来事を通じて好対照の二人が語られる。
二人の人生が、ほんの一瞬だけ交錯する。

マネスキエは自分の人生の終焉を間もなく迎えることを、何となく感じていたのだろうか。今までの人生で、したかったけれど出来なかったことをしようとしているように見えた。一方、ミランはまだ自分の命が終わるとはこれっぽっちも思っていない。それとも、常に死と背中合わせだから、肝が据わっているたのか。

淡々と流れた時間は過ぎていき、やがて土曜日がやって来る。
その間際、二人が見たのは...。

う〜ん。二人の気持ちはわかる。だけど、その気持ちが実感できるほどの域にはまだ達していない(と思う)。何年か、何十年か後になって、もう一度観てみたい。そんな気がする。そのときには、ひょっとしたらボクは涙を流すのかもしれない。

前夜、珍しく遅い時間まで起きていた(深酒をしたわけではないけど)ボクは、静かに進行する二人の物語りを前にして、不覚にも二度ほど睡魔との闘いに敗れてしまった。いったい、どれくらい気を失っていたのか。それを確かめるすべもない。ただ、話しの辻褄はほとんど合っているので、ほんの一瞬だと思うんだけど...。

若い人にはどうかな。でも、誰でもいつかわかる日が来る。そんな人生の機微がさり気なく表現された佳作。刺激を求めている人には向かないけれど、静かに、しんみりと楽しめる映画だと思います。
いつか、こんなヨーロッパの街で、晩秋の一カ月を静かに過ごしてみたい。

ル・シネマではもう暫く上映中。大阪ではシネ・リーブル梅田で6/5から公開予定のようです。

おしまい。