「ロスト・イン・トランスレーション」

トウキョウ、トウキョウ、トウキョウ


  

予告編を見るとどんな映画でも観てみたくなるからやっかいだ。
忙しくてスクリーンから遠ざかっていた春先、当然予告編も見ないから、なんとなく観たいなという作品も少なかった。このところは、また以前に似たペースで足を運んでいるから観たい映画がたくさんあって困ってしまう。
そんな「観たい映画」の中にあったのが「ロスト・イン・トランスレーション」。どうしてかわからないけれど、予告編を一度観ただけで“びび”っと来た。ビル・マーレィもスカーレット・ヨハンソンも既知の俳優だし、何もどうこうというものではなかったんだけど...。
それ以来、何かとこの映画に触れることが多くなり、とうとう勤務先でまでスカーレット・ヨハンソンのポスターを見かけてしまう...、これって一体...。

で、仕方なく、いやいや、とっても楽しみにして、渋谷のシネマライズにやって来た。
この作品がシネマライズの興行記録をどんどん塗り替えているらしい。すごいなぁ。地下に伸びる階段からあふれて地上にまで列は伸びている。座れるのかなぁ、ちびっと心配になる。

香港を紹介する写真に、大通りを埋め尽くす人並みと、路上にせり出して空を覆わんばかりの広告看板の風景がよく使われる。定番と言えば定番なのだけど、その看板に描かれているやたら画数が多い漢字(繁体字)の表記などにエキゾチックな雰囲気を感じるのはボクだけではないだろう。
少し前に観たドイツの映画「MONZEN」でも、切り取られたトウキョウの風景が印象的に使われていた。

冷静になって見ると、渋谷や新宿の夜の風景は異様なのかもしれない。
競い合うようにビルの壁面を埋め尽くす電飾の看板があたりを照らし、さながら不夜城。漢字やカタカナ、ひらがなが交じり合うその表示。謎めいたエキゾチックな街。見上げた視線を下に戻すと、所狭しとひしめきあいながら歩くヒトたち。トウキョウとは、どんな風に外国人の目に映っているのか。そんなことを教えてくれる映画。

この映画が繊細な視線を持っているとは思わない。だけど、ボクがもう当たり前として視界に入っても意識しない風景が、この映画では描かれている。
成田からクルマでやってきたボブ・ハリスが目を覚まし、座席から夜のトウキョウを見上げるシーンが妙に印象的。
また、何度も繰り返し出てくる高層ビル(ホテル)から見下ろすいろんな時間のトウキョウの姿。
居酒屋が並ぶ薄暗い路地を走り抜け、喧騒のパチンコ屋に飛び込み、そこを通り抜けてると街道筋。
ボクはあまりよく知っている街ではないけれど、この街を知っている人にとっては新鮮であり、かつ親しみが持てるカットの連続だろうな。

これが、香港や上海、北京、台北が舞台だったら...。

大物俳優ボブ・ハリスがこなす仕事はどれも“傑作”。口を空けて笑うしかない。
あまりTVを観ないのでよくわからないけれど、彼が登場することになるTV番組は本当に実在する番組なんだろうか? CMの撮影現場は思わずのけぞってしまう、通訳はこんなものなのかもしれへんなぁ。

寂寥感。
そんな言葉が似合う二人だ。淡い心の触れ合い。
二人でいるカットよりも、それぞれ一人のシーンの方がずっと印象にのこる、なのに二人の心の動きがこちらに伝わってくるのは何故だろう?
トウキョウはそんな思いが交錯し、増長する。そんな場所なのかもしれない。

切り取られた街と上手い二人の演技。
もうひとつ。トウキョウという街への監督の好感度、そんなものを感じました。
派手ではないし、何も劇的なことは起こらない。静かで、くすっと笑ってしまう。そして、深い余韻が後を引く。

ボブ・ハリスがシャーロットに囁いたのは...。

まずまずの佳作かと思います。
6月中旬以降にシネ・リーブル梅田で上映されるようです。

おしまい。