「息子のまなざし」

葛藤が画面から溢れ出ている


  

駆け足で駆け抜けたソウル。
もう戻って来てしまった。休暇中は、時間の流れがなんと速いのでしょう。あれもこれもと予定がぎっしりと詰り、映画も欲張って観られるだけ観てきたしね。山もあるいてきました。のんびりしてくるつもりだったのですが、やっぱりムリでした。

さて、今回からは大阪で観た映画の紹介に戻りましょう。テアトル梅田で「息子のまなざし」。ベルギーの作品。もう諦めていたのに、好評につき、モーニングショウでの上映期間が延長されていて、観ることが出来ました。何故かテアトルには、このところちょっとご無沙汰してました。

ちょっとだけストーリーを知っていた。
それなのに、これからこの映画の中でどんなドラマが展開されるのか、凄くどきどきしながら観た。「ト書き」にあたるような台詞や映像による説明が極端に少ない。台詞自体も抑えられている。映画そのものはフィクションだけれど、まるでドキュメンタリーを観ているような錯覚に陥る。
直截的な説明がないからわけがわからないのではない。ある意味親切な説明が少しずつボクたちの前に丁寧に積み上げられていく。そして、だんだん輪郭が姿を現してくる。

職業訓練学校で木工(大工?)のクラスを担当している教師オリヴィエ(オリヴィエ・グルメ)が主人公。
ボクたちは彼の斜め後ろから覗き込むような形でこの映画の世界に入って行くことになる。だから彼が乱視混じりの度のきついメガネをかけていることもすぐわかる。
彼のクラスに新しい入学希望者、フランシス(モルガン・マリンヌ)が現われる。庶務の担当者からその打診を受けるが、すでに4人も学生がいることを理由に断ってしまう。が、その希望者の履歴書を見たオリヴィエの表情が一変する。彼の心が激しく揺れる。
その夕方、仕事を終え自宅に戻った彼に来客がある。どうやら別れた奥さんが訪ねてきたようだ。彼女は再婚すること、お腹の中に赤ちゃんがいることを告げる。そのことにはさしてショックを受けているようではなかった。それなのに、オリヴィエは階段を飛び降りて、クルマに乗り込もうとしている彼女に追いすがり訊ねる「何故、今日だったのか」と。

静かな池の表面。さざ波ひとつ立たない。綺麗な水面。
そこへ、いきなり乱暴にブロックが投げ入れられた。池は泡立ち、大きな波が立つ。それどころか、澄んでいた水はたちまち濁ってしまう。もう二度と以前のような池には戻らないほどのダメージを受けたわけだ。
それでも、元には戻らなくても長い時間をかけて、荒い波はおさまり、水の色も少しずつ落ち着いていく。一つの池は二つに分かれてしまったけれど...。ようやく落ち着きを取り戻したかのように見えていた池が、再び衝撃を受け波立ちはじめた!

オリヴィエがどうしたいのか、どんな気持ちでフランシスを自分のクラスに受け入れる決意をし、接したのか。
彼の気持ちが極限まで張り詰めていく様子が手にとるようにわかる。
その気持ちが切れてしまうのか、それともまだ伸びしろがあるのか...。
この辺りまで来るとボクたちにも物語りの輪郭をほぼ正確に把握することが出来ている。
少年の部屋に忍び込み、その何も無い部屋のベッドに寝そべりオリヴィエは何を考えたのか?
すごい緊張感をはらんで物語りは後半戦へ進んで行く。

ある土曜日、製材所へ材料を受け取りに行く。オリヴィエはこの作業に少年を誘う。
「支払いは別々に」ドライブインでパイを受け取りながら、突き放すように言ってしまう。
オリヴィエの気持ちを知ってか知らずか、フンシスは「後見人になってほしい」とオリヴィエに依頼する。

許すとか、和解するとか、理解するとか...。言葉ではわかっていても、身体でわかっているとは限らない。心の葛藤が画面から溢れ出ている。彼の葛藤の余韻をボクたちは画像を通じて味わうのか...。

上映期間が延長されたのも頷けるなかなかの佳作だと思います。観ていて決して楽しくはないけれど、いろいろ考える作品です。スクリーンでご覧になるチャンスがなかった方も、ビデオやDVDで是非ご覧ください。オススメです。

おしまい。