「ションヤンの酒家(みせ)」

煙草のけむりが目にしみる頃には...


  

仕事がようやく一段落しつつある。光が見えてきた。どうにか長〜い冬が終わろうとしている。
このところ見逃し続けていた大陸の作品。
今回はボクが訪れたことがある重慶(チョンチン)が舞台だけに見逃せないと思っていた。で、初日に駆けつけることにしました。時間の都合で、劇場に着いたのは上映開始の寸前。初日だし、どれだけ混んでいるのかと思ったら、ありゃ、いつものOS劇場C・A・Pだよ(悲しいほど空いている)。まぁ、著名な俳優さんが出てるわけでもなし、割りと地味な作品だしな、しゃぁないか。

この映画が伝えたかったのは何なのか考えてみた。
よくわからないけれど「誰でも、何時でも、ヒトは幸せを追い求める」そんな当たり前のように思えることが、この映画のテーマだったのではないだろうか。

重慶の旧市街、そこにひっそりと昔のたたずまいで残る路地「吉慶街」。この通りで鴨の首をローストしたものを売っている店。「久久酒家」。この店を女手一つで切り盛りしているのがションヤン。
四人兄弟。兄は恐妻家で奥さんの尻に引かれている。妹はシンセンへ嫁いでいる。一番下の弟は麻薬中毒で厚生施設に入っている。
弟を生んで母親は死んでしまった。ヤンはこの弟を育てるために、大学への進学をあきらめた。
父親は、京劇女優と再婚してしまった。ヤン自身も、一度結婚をし別れている。

今では店も軌道に乗り、もはやガツガツして商売をしているわけではない。店は手伝いに来てくれている地方出身で、まだ若いけれどしっかり者のアーメイに任せていても大丈夫。ヤンは店先に出した外売用(持ち帰り)のカウンターに座り、勘定だけしている(それでも仕込みとかはやっているけどね)。
彼女の片手にはいつも火が付いていないタバコが挟まれている。その姿はまるで「誰かこのタバコに火を付けて、そして満たされない私の心にも火を付けて...」と言っているよう。

そんな彼女に思いを寄せて、この店に通い始めてもう一年になる男・卓がいる。その風貌は決して冴えているとは言えないけれど、どこか垢抜けていて、しかもお金は持っていそうだ。いつも店の外れのテーブルに一人で陣取り、何を言うわけでもなく、鴨の首を肴に静かにビールを空けている。

ヤンは垢抜けた美人でスタイルもいい、服装も洗練されているし、世帯じみたり生活に疲れた雰囲気なんか全くない、客あしらいも手馴れたものだ。要は理想的な30代の独身女性。
そんな彼女にももちろん悩みはある。生活のことや店のことは心配していないけれど、施設に入っている弟のこと、文革の際に乗っ取られてしまった家のこと、再婚してから疎遠になっている父親のこと、子供の面倒を見ない兄嫁のこと...。どれもこれも頭が痛くなるようなことばかり。
でも、そんなことは顔に出さず、今夜も火の付いていないタバコを片手に店に座っている。

果たして、ヤンのタバコに、心に火を灯してくれる男は現れるのか...。

重慶は長江に面した水の街。長江に注ぐもう一つの川との合流地点にある中洲の半島のような場所にあり、霧と坂の街でもある。旧市街は凄く狭くて、まるで香港の下町を歩いているような錯覚に陥る。この川が日本人の想像を遥かに超越しているんだなぁ。
そんな旧市街にも再開発の波が押し寄せる(まぁ、これは重慶だけではないけどね)。古くからの街並みは姿を消し、商業施設や高層住宅に生まれ変わってしまう。この映画の舞台、この吉慶街もヤンの久久酒家も例外ではない。昔からの商売は成り立たなくなってしまう。
この映画の途中で、ヤンとアーメイがピザを食べるような店が、今の中国のお洒落な最先端なのだ(ここはきっと旧市街の中心地「解放路」だろうな)。
きっと、もう重慶へ行くことは無いだろうけれど、映し出される街並みを見ていると「もう一度この街を歩いてみたい」そんな気になる。

幸せとは何なのか。その定義は人によって違うんだろう。そんなの当たり前だけど、お互いに何を相手に求めるのか、それはとても大事なことなんだなぁ。
タバコに火をつけてくれただけでは、その人が自分を幸せにしてくれるとは限らない。そんなものなのかもしれない。

決して、いい映画とかいいお話しではない(と思う)。観ても毒にもクスリにもならないかもしれない。
でも、そう誰でも幸せを追い求めているんだなぁ、そんなことを考えさせてくれる。
中国の社会が、閉塞感を抜け出して、ちょっと小洒落たテイストの物語りを語れるようになってきた。そんな風にこの映画を理解することも出来るかな。
まぁ、とっても評価が難しい映画です(ムリにはすすめません)。
「山の郵便配達」のフォジェンチイ監督作品です。

「春の惑い」「たまゆらの女」と大陸の作品を相次いで見逃し、香港の作品もどんどん見逃している。あかんなぁ。まぁ、偽ジェの代わりに君蔵さんのレポートを読んでくださいな。
次回は、梅田での上映をこれまた見逃していた不思議な映画(?)「伝説のワニ ジェイク」をご紹介します。

おしまい。