「ほえる犬は噛まない」

人生はこんなことの繰り返し


  

東京では昨年のうちに公開されていたのに、関西では3月後半にようやく公開される「ほえる犬は噛まない/フランダースの犬」。この映画を一足先に上映してくれる「関西プレミア上映(KAVCトークサロン)」に行ってきました。
なんと、ゲストはこの作品のポンジュノ監督。この日出掛けるまで、このポンジュノ監督が「殺人の追憶」を撮ったとは知らなかった(勉強不足です)。考えてみたら、この両作品が同時に公開されるなんて不思議な気もしますね。
この日は、NHKのTVカメラによる取材も入っていて、びっくり。それに、座席もほぼ埋まる盛況ぶり。本編上映後にポンジュノ監督のティーチインがありました。もう一つのオマケは、これから公開予定の韓国映画の予告編の上映もありました(「殺人の追憶」は是非日本語字幕付きでじっくり観てみたいものです)。

さて、この映画。なかなか面白い。
このところの韓国映画は、いわゆるスターが大挙して出演し、潤沢な予算で製作される「大作」が多いけれど、こんな「掌品」にこそ魅力があると思う。なかなか上手く撮られている。爆笑と言うよりも、随所にクスっと笑ってしまうコネタが散りばめられていて、なんか嬉しくなってしまう。
お話しそのものも、いたって小市民的なストーリーで、国家やイデオロギーを声高に叫ぶものではないことにも好感が持てますね。

高層マンションが建ち並ぶ団地が舞台(きっとソウルだろうな)。この団地に住む文系の大学助手をしているイソンジェが片方の主人公。そして、商業高校を出てこの団地の管理事務所に勤める経理担当の女の子にペドゥナがもう一人の主人公。
イソンジェは、勤務する大学に教授の欠員が出て、その後釜を狙っている。しかし、教授への昇進には実績や論文ではなく、学長への接待や現金攻撃がモノを言うことを知り、そのお金の工面に四苦八苦。それだけでも頭が痛いのに、妊娠して大きなお腹を揺すりながら勤めに出ている姉さん女房に頭が上がらないのも、彼の悩みのタネになっている。
ペドゥナは、全然ヤル気が無い(まぁ、彼女だけはなく、事務所の誰もがそうなんだけどね)事務員。勤務中、デスクに突っ伏して友達と電話しながらクロスワードパズルを解いている(羨ましい境遇だ)。

意外なところにこの二人の接点が用意されている。
イソンジェは、このところイライラしている。何もかもが上手く行かない。日中に家にいると、この団地では飼ってはいけないはずの小型犬のキャンキャンという鳴声が響き渡る。この鳴声のお陰で、余計にイラが募る。イソンジェはドアを開け、階下の廊下につながれていたその犬を衝動的に「誘拐」してしまう。
そのまま犬を連れて屋上まで上がったイソンジェは、この犬をひと思いに地上に向けて投げ捨てようとするのだが...。小心者の彼にそんなことが出来るわけもない。多い余った彼は地下室に打ち捨てられたタンスにこの犬を隠す。

そして、この団地では犬が次々と姿を消す事件が...。
最後の被害者(被害犬?)は、イソンジェの奥さんが買ってきた犬だった!

この一連の事件の犯人を偶然見かけたのが、屋上で友人とタバコを吸っていたペドゥナ。彼女は犯人を追いかけるが、あと一歩のところで犯人を取り逃がしてしまう。後日「尋ね犬」の張り紙を貼って歩くイソンジェに同情しながら一緒に貼って歩く。

誘拐犯は捕まるのか? イソンジェは教授になれるのか?

このような、さして大事件ではない、どこの団地でもあるような事件が取り上げられている。
イソンジェとペドゥナの人生が一瞬交差し、そして何事もなかったように団地は平静を取り戻し、交差した二人は再び違う方向へと離れていく。ただ、それだけの一週間ほどの出来事が描かれる。

イソンジェの小心者ぶりがイイ。何時だったか、彼のことを「演技の幅が狭い、一皮剥けないと」と書いたことがあったけど、既にこの作品でちょっとした変身を見せていたのか。知らなかったなぁ。
それと警備員役のピョンヒボンは、相変わらずの怪演を見せてくれる。ポシンタンが好きだったのね。この人はほんとに貴重なバイプレーヤーです。
ふっとした拍子で、全く境遇の異なる二人の人間の人生が一瞬交錯して、また離れていく。そんなどこにでも転がっているような出来事がとても上手く描かれていた。様々なエピソードを織り交ぜ、観客を飽きさせずに引き付ける演出力も見事だったように思います。

何が心に残るという作品でもないけれど、観終わって思ったのは「人生ってこんな小さな出来事の積み重ねなんだなぁ」ってことでした。
何も構えずに、気楽にご覧いただけて、それでいてそこそこ面白い映画だと思います。
身近な題材を扱っているだけに、ちょっとしたことで、韓国の人々の生活習慣(?)も垣間見ることが出来る面白さもありますよ。そう言えば、太っちょのペドゥナの友人が働いているような雑貨屋さんって、すっかり見かけなくなったなぁ...。

大阪では3月27日から動物園前のシネフェスタで公開されるようです(神戸ではここKAVCで4月17日から一週間)。お時間があればどうぞ。

おしまい。