「イン・ディス・ワールド」

ジャマールの6400キロ


  

今まで中東の火種と言えば、イスラエルとPLOやアラブ諸国との衝突が主なものだったけど、最近はイスラム諸国とアメリカとの対立が主になってきている。
情報にしても物理的移動手段にしても「地球は狭くなった」と感じていたけど、実はそうでもないのかもしれない。西洋先進諸国とイスラム教諸国の間には全く相反する考え方がある。どちらが正しいのかなんて、もちろんボクには判断できないけれど、先進諸国は自分たちの考え方、価値観をいわゆる「後進国」に押し付けすぎているのではないか。そんな気がする。

今回、ほぼ一月の空白を置いて拝見したのは日比谷のシャンテシネでの「イン・ディス・ワールド」。
土曜の初回、入り口にはすでに20人ほど並んでいる。最終的には100名弱ほどの入りとは驚きました。シャンテシネで観るときは地下の「シャンテシネ3」がなんか多いなぁ。ここだと、後ろの三列ぐらいが段差があり観易い。その他は前に人が座るとちょっとその頭が気になるでしょうね。

アフガニスタン。
最近までボクも良く知らない国の一つだった、もっとも、今でも良くは知らないけどね。それでもこのところ、新聞にこの国のニュースが載っていない日はない。でも、新聞の字面やニュースの映像を通じてこの国について「知っている気」になっているだけで、実は何にも知らないのに等しい。
1980年代だったかな、旧ソ連がアフガニスタンへ侵攻し、その後内乱を経て続いてイスラム化され、急速に右傾化して、最近は米国に「9・11テロ」を口実に攻め入られ、新政権が誕生している。つまりアフガニスタンは、ここ20数年は戦火が絶えなかった国なんだ。そして、多くの国民が難民と化して隣国へ逃れている。
ソ連にしても、米国にしても、国連軍にしても、莫大な金額を軍費として費やすにもかかわらず、その戦火によって発生した難民への対策費は、ほんの僅かしか捻出されないのが実情だ。
難民キャンプに住む多くの子供はアフガニスタン人でありながら、その国を全く知らない。キャンプで生まれ、育ったのだ。子供たちにとって世界はこのキャンプが全てだ。
そう言えば「少女の髪留め」も「少年と砂漠のカフェ」もアフガニスタン難民が主人公だったなぁ。

アフガニスタンの西隣、パキスタンにも戦火を逃れた多くのアフガニスタンの人々が難民としてキャンプで暮らしている。ジャマールもその一人だ。両親を亡くし、親戚と暮らし、レンガを焼く仕事で得る収入は一日1ドルほどだと言う。
そんなジャマールチャンスが訪れる。年長の従兄弟エナヤットと一緒にロンドンへ行くことになった。エナヤットの将来に不安を持った叔父が大金を工面してくれたのだ。「行くことになった」と言っても旅行へ行くのではない。もちろん、正式なパスポートなど無い。何人もの「運び屋」をリレーして、陸路で国境を越えロンドンへ向かうのだ。

ジャマールの長い旅が、粗い画面を通して淡々と綴られているのが、この映画。
一つの行程が終わり街へ着くと、指示された次の人間にコンタクトを取り、待機し、ジャマールと従兄弟のエナヤットはバスや四輪駆動車やトラックに乗せられ、東へ東へと運ばれて行く。
パキスタンの国境を越えイランへ。イランからはガイドの少年に率いられ、雪山を徒歩でトルコへ。イスタンブールからはトラックの荷台に隠れてフェリーに乗りイタリアへ。フランスそしてドーヴァーからいよいよ英国へ...。
言葉で書くと何でもないけど、彼らの密入国は常に死と隣り合わせであり、どんなアクシデントが待ち受けているのかわからない。それに、官憲に発見されれば、すぐに強制送還だ。

ドキュメンタリーなのかフィクションなのか、その境目ぎりぎりの線を行く作品。
どうしてロンドンなのか。ジャマールは本当にこんな困難や苦しみを乗り越えてまでも亡命(?)したいと考えていたのか。そのへんの大前提とも思われる事柄が明らかにされていないのが、少し残念。
それに、会話が極端に少ないこの作品の中で、旅の途中でジャマールがどう考えたのか、また行動の理由など、不明な部分の説明がほとんど無いのが不親切と言おうか、惜しいと申しましょうか。純然たるドキュメンタリーならそれも仕方ない。でもこの映画はノンフィクションでは無いだけに、ほんの少しでもいいから説明が欲しかったなぁ。
でも、この映画の狙いはそこにあるのかもしれない。作者の「主張の押し付け」ではない。観る人によって解釈が違って当然。その人が感じるままに理解する、そんな作品なのだと思う。
ジャマールの感想も、意見も吐露されない。何も色づけされない情景が淡々と写しだされる。それでこその迫力がこの映画にはある。

恐ろしく判断が難しい作品であることは確か。
是非ご自分の目でお確かめください。大阪ではもう少ししたら梅田ガーデンシネマで上映されるようです。
2003年のベルリン国際映画祭で金熊賞始め三部門で授賞しているそうです。
それにしても、ジャマールはどこで英語を覚えたのかなぁ。関係ないけど、従兄弟のエナヤットは台湾の俳優チャンチェンにどことなく似ているような気がします。

次回は、TOKYO FILMeXで観た「バットガイ・悪い男」のキムギドク監督の新作「春夏秋冬...そして春」をご紹介します。

おしまい。