「クラシック/The Classic」

はやく、はやく!


  

なんともボク好みのストーリー。
母と娘のニ代に渡る大河ドラマ仕立て。1960年代後半の母の時代と、現在の娘の時代が交互に描かれ、巧みにストーリーが展開される。見ているボクは物語りにうっとりとし、最後の最後に愕然とさせられる。
しっかりとした字幕付きでもう一度観てみたい(一足先にゆうばりの映画祭で観た方がうらやましい!)。

ソンエジンが母の娘時代と自分自身の二役。可憐で、か細く、はかなく、そしてどこか控えめな少女を好演。このソンエジン、目の覚めるような美人ではないところがいい。
母の娘時代(ジュヒ)の相手役ジュナを「春香伝」のチョスンウ。どこかで見た顔だと思いながら後で教えてもらうまで思い出せなかった。どこかトニーレオンを若々しくしたような面影が...。現代のソンエジン(チヘ)が憧れる先輩サンミンをチョインソン。男性陣ではジュナの友人テス(イギウ)がいい味出してる。この兄ちゃんのヘアスタイルには要注目ですよ!

しかし、現在を語るのに較べて、振りかえる過去とはかくも美しく切ないものなのか。映像で語られる母の時代はどこまでも叙情的で切ない(あぁ、ボクにもこんなに美しく語れる過去があればなぁ...)。
チヘは天気がいいある日、普段は使わない押入れを開ける。ふとした拍子に、その中に隠すように仕舞われていた母の文箱を開けたことからジュヒの思い出が語られ始める...。
そして時代は行きつ戻りつしながら母と娘が経験するそれぞれの恋が語られる。
これが「猟奇的な彼女」の監督の作品かと思わせるほど正当派の作り(いやいや「猟奇的な彼女」だって彼女がぶっ飛んでいるだけで、恋愛映画としては正統派の映画だ)。
天気のいい日に始まるこの物語り、過去の日も現在の日にも雨の中のシーンが多用され、雨が上手く使われている。
母は親友同士の男から思われ、娘は一人の男性を親友同士で慕う。そんな二つの三角関係の結末は...。

激しさはない。どこかうっとりとしてしまう、そんな郷愁をおぼえるようなロマンチックな映像と物語りが目の前で展開される。
ずぶぬれになりながら畑の真中にある東屋でスカイを食べる二人の姿に、川辺で膝まで濡らしながら蛍を追う姿に、公民館(?)で手を取り合ってフォークダンスを踊る姿に、ジュヒの家の前の街灯を点滅させるジュナの姿に、胸躍る文通の日々に、走り去る汽車で手渡されるペンダントに、胸を締めつけられるような気持ちになったのはボクだけではないはず。
母がもらった手紙と同じ言葉が綴られた手紙を受け取る娘の気持ちは...。そして、時代を隔てた二つの恋が交わる。
なんとも甘美なドラマだ。

しかし、ボクの眼前に大きく立ちはだかる灰色の膜。それは言葉だ。
ラスト近くになってボクの周囲に座っている女性の多くはハンカチを取り出して涙をぬぐっていた。しかしボクにはその訳がわからない。雰囲気は充分すぎるほど画面を通して伝わってくる。でも、わからないことも多い。頭の中では「?」が点滅する(実は「?」が点滅するのはまだマシな方で、何もわからなすぎて「?」が点滅しさえしないことの方が多い)。正直言って物語りが進めば進むほどわからないことだらけになってしまう。これが香港だったら英語と中国語の字幕があってもう少し理解できるのになぁ、悔しい!
最も大きな疑問は、サンミンがジュナが持っていたはずのペンダントをどうして持っていたのか、と言うこと。この「クラシック」という映画の最大のこのポイントが理解できなかったのは淋しい(なんとなく想像はつくんだけど)。

難を付けるとすれば、それは最後を急ぎすぎたことだろうか。ジュナの思いとは反比例するような彼の性急な行動と判断には驚かされるばかりだ。

う〜ん、難しい。早く日本語字幕で観てみたい!
今回ソウルで観た映画の中では一番のオススメです。日本で公開されたときには是非ご覧下さい(きっと公開されると思います)。
350名以上入れる大きな劇場にもかかわらず満員。午後から夕方以降も「売切れ」の表示になっていました。

(追伸)可憐なソンエジンはキンジョーにちょっと面影が似てるんだなぁ。

次回はソウルで観る中国映画。「英雄/Hero」をご紹介します、お楽しみに!

おしまい。