「記憶のはばたき」

封印された想い出は...


  

まるで夢でも見ているような繊細な映画を観た。

オーストラリアの片田舎にある忘れられたような街「ジェノア」がこの物語の舞台。都会の私立学校に通う少年サムが、夏休みを過ごすためにジェノアへ列車に乗って帰ってくる。駅には世話好きなおじさんが待っていて、サムを実家までクルマで送り届けてくれる。この街がすごくいい。まるで御伽噺に出てきそうな街並だ。
旅装を解いたサムは街外れにある川へ向かう。そこには幼馴染の少女がサムの帰省を待っていた。

「もう泳いだの?」 「そんな意地悪を言って!」

シルヴィとは幼馴染だけど、二人の間にはそれ以上の関係が芽生えようとしていたんだね。彼女はどうやら生まれながらにして足が悪いようだ。歩けるけれど、両足には重い補助器具を着けている。
それからは、毎日サムとシルヴィはいつも一緒だ。自転車に二人乗りして、街や郊外を走り回り、川辺の桟橋で彼女が好きな詩を聞き、連想ゲームを楽しむ。ある時は街外れに一人で住む一風変わった老婆をからかったりする。ほんとに何の悩みもない幸せそうな二人だ。
この冒頭の数10分間はほんとにいい。今すぐそこへ行きたくなる!
少年サム(リンドレイ・ジョイナー)、少女シルヴィ(ブルック・ハーマン)の二人がとても素敵。

ある晩、ダンスパーティーが開かれる晩だ。ダンス音楽が奏でられる会場の外で二人は佇んでいる。足が不自由なシルヴィは着飾っているがもちろんダンスを踊ることはできない。
二人はそのまま会場を後にして、川の桟橋へ向かう。そうだ、昔は夜は正真正銘に暗くって、月夜の晩には月に照らされて自分の影ができたもんだ、それにちょっと行くと静かで人口の音はなかった。そこにある音は水の流れる音や、風にそよぐ木の葉がこすれあう音だけだった。
そしてこの夜、月が綺麗だ。川面に映る月の姿は波に揺れてまるでダンサーのように見える。そんな月に魅せられるように川へ入るサム。桟橋に腰掛けた彼女の補助器具を外し川へ誘うサム。
「さぁ、一緒に踊ろう」
サムの胸に抱かれて水に浮かぶシルヴィ。ひんやりとした川の中で静かに戯れる。手をつないで川面に浮かぶ二人は妖精かダンサーのようだ。
ここまでの繊細な描写と演技は凄く素敵だ。

しかし、その瞬間、物語りは大きく暗転してしまう。
サムはこの夏休みが終わり都会の学校へ戻ってからは、一度もこのジェノアへは帰ってこなかった。そして、シルヴィとの思い出をサムは封印してしまう。

20年後、メルボルンで大学教授として過ごしているサム(ガイ・ピアーズ)に電話が入る。父が亡くなった。父は生前ジェノアに墓地を買っており、ジェノアで葬式をするようにと遺言を残していた。
その遺言を果たすため、20年振りにジェノアへ向かうサム。列車の中で不思議な若い女性に出会う。
ジェノアは20年前と全く同じ風景だ。駅に着くと20年分年をとった世話好きなおじいちゃんがいて、彼を生家までクルマで運んでくれる。
無事に父親の葬儀を済ませ、墓地に葬ったサムは意外な場所で列車の中で出会った若い女性に出くわす。彼女は実存する女性なのか、妖精なのか、それとも...。

前半部分に比べて、後半画面にガイ・ピアーズが登場してから繊細さのある演出が姿を消し、どこか謎めいたミステリータッチの演出になるのが惜しい。もう少しロマンチックに、サムの心の揺れを大事に撮ってもらいたかったなぁ。ちょっともったいない。
あぁ、ボクにもこんな封印したくなるような想い出があったらなぁ...。
それでも、なかなか素敵な掌品だと思います。今週一杯、神戸のシネ・リーブル神戸で公開しています。お時間があればどうぞ。

おしまい。