「天使の眼」

現代上海の恋愛多重唱


  

いっぷう変わった映画だ。
現代上海的恋愛のカオスを描いたというべきか、それとも...。

上海の映画館で座席案内係として働いている若い男ウー・ガンが主人公だ。彼は決して声は掛けないが、何人か知っている顔がある。いつも同じ席に座る男、同じ女とは決して来ない若い男...。ある日ウー・ガンは上映中のロビーで、劇場から出てきた知っている顔の若い女とすれ違う。そして、映画の物語はこの女の物語にスイッチされる。さらに、彼女が自宅の窓から見かけた、バスの後ろを追って走る体育教師にバトンが渡され、街を走るこの教師が追い抜いた古い地図を持つ謎の女にストーリーはつながり、この謎の女が歩いた道端でカセットテープを売っているのが真面目な大学生。いつしか舞台は大学のキャンパス(どうやら華東師範大学のようだ)へ切り替わる。不器用なこの男子学生が思いを寄せる女学生に告白する方法を練り上げて実行した結果は...。
それぞれの恋物語を経てやがて、ウー・ガンが酒場で知り合った女とデートするために公園のベンチで待つシーンへとつながっていくのだ。
幾つかの多重唱を奏でるような、オムニバスのような、そしてよくわからない作品。
そして、恋する男女を見事なまでに無言でしかし暖かく(?)見守っているのは、上海に舞い降りた男女の天使だ。若者たちの額に、恋する人のマークである赤い星が輝くと、この天使二人はそっと近づき、恋人たちの頭上でその恋の行方を見守る。

この作品で描かれている若い恋人たちは、いずれも真剣に恋をしている。そこに好感が持てる。その一途なまでの真剣さゆえに笑いも誘われるのだ。
晴れ渡った月夜の晩に「もし雨が降ったらあなたとの結婚を考える」と言われた男は、夜中に彼女の家の屋根に登り、彼女の部屋の窓にだけ雨を降らす。校内放送で片思いの彼女に愛を告白しようとした学生はとんでもない大失敗をやらかしてしまう。来る晩も来る晩も判に押したようなデートを続けていた教師は、彼女が別れを切り出すや猛烈にアタックするのだ(この判に押したようなデートはほんまに笑えます!)。謎の女性は森の中で知り合ったこれまた謎のラジオ体操男と結ばれる...。

そしてウー・ガンがデートを約束した女性だけが、何時間待っても現れないのだ。彼の恋愛だけがリアリティさを持たない。でも、それは観ているこちら側には何のわだかまりも感じない。逆に目の前を通り過ぎていく若い恋人たちの恋愛が次々と成就していくことのほうに何か違和感を感じてしまう。
恋というのは当事者はいかに真剣でも、傍から見ている者にとってはどこか間が抜けて滑稽なものなのかもしれません。そんなことを思わせる作品でした。

日本での公開はどうかな? 従来の大陸の作品にはないスマートさを感じますが、ちょっと難しいかな。雰囲気はは「人魚の涙」に似ているような気がしますが、それよりはずっと明るくて垢抜けしていると思いました。
この映画を撮ったリー・シン監督も来場していました。彼の若さには少し驚きましたが、その語り口には彼が相当な自信家であることをうかがわせていました。この映画が始まってすぐに、ボクの隣の席におっさんが座ったのですが、上映終了時によく見たらこのおっさんは「初恋メリーゴーラウンド」のトーマス・チョウ監督だったからちょっとびっくりしてしまいました。

おしまい。