「悪い男/Bad Guy」

こんな凄い映画に出会えるから、韓国映画からは目が離せない


  

目つきの悪い男がいる。
ソウルの雑踏の中。
彼の視線の先には、ベンチに腰掛けた女子大生。友達か恋人と待ち合わせているのだろう。
目つきが悪い男は彼女のことが気に入ったようだ。

この男に気に入られてしまったこと。それが、自分の運命を奈落の底に突き落すことになるとは...。
でも、彼女はまだそのことを知る訳もなく、携帯電話を取り出して楽しそうにおしゃべりを始める。
男はいきなり近づいて来て、彼女の横に腰を掛ける。驚く彼女。男に一瞥をくれると他のベンチへ移って行く。
すると間もなく恋人が現れる。女は恋人にこの男のことを何かささやく。彼は男に蔑むような視線を走らせる。
目つきの悪い男はいきなりベンチから立ち上がり、この二人に近づく。
と、女を力一杯抱きしめ、キスをする。そのキスは唇が触れ合うだけの挨拶のようなキスではない。熱い恋人同士が交わすような、それこそ唇に吸い付くようなキスだ。
女は突然のことで何もできない。恋人も呆然と立ちつくしている。
やがて、女が暴れはじめ、周囲の雑踏もこの異常な事態に気付く。目つきが悪い男は通りがかった兵士たちによって女から引き離され、取り押さえられる。
そして、女から顔に唾を吐きつけられる。

いきなりのこの冒頭の数カットで、この映画の世界に魅せられ、引き込まれてしまう。
こんな凄い映画に出会えるから、韓国映画からは目が離せない。

目つきが悪いこの男は売春宿が集まる通りを仕切っているチンピラのまとめ役だ。普段は何をするでもなく、娼婦たちから上前をはねて、酒を飲んでぶらぶらしているだけだ。

冒頭の女子大生は、この男が仕掛けたワナにかかってしまう。
やがて、この通りにある売春宿に連れて来られる。
そして、男は彼女の部屋をマジックミラー越しに覗く。
男は彼女を自分で抱くわけではない。まるで崩壊していく彼女の自我を観察するかのように女の姿をミラー越しに観察しているのだ。

時は少しずつ流れる。楽しい時も、つらい時も、悲しい時も。男と女の間にも時は流れる。女を取り巻く環境も、男の周囲も、また少しずつ変わっていく。
女と男の間には、偏執的な男の思い入れと女の嫌悪感ではなく、別の感情が生まれていく。これは一体何なのか。言葉では上手く表現できない。

そして、二人は以前訪れた海岸で再び出会う。まるでジグソーパズルのほんとの最後のピースがぴたっとはまるかのように。
二人が最初に出会ってからどれぐらいの時が流れたのかはわからない。でも、最後のピースがはまった時に、二人は一枚の写真の中に収まることが出来た。そんなことが熱いまでにボクに伝わって来た。

 

目つきが悪い男はチョジェヒョン。
シムウナさまの「Interview」で撮影隊に店を貸す喫茶店のオーナーを演じていた人だ。最近(韓国の)テレビドラマでもよく顔をみかける。凄いイメージチェンジ。この映画では何かの事故(?)で声帯を傷つけられ声が出せない設定だ。従って、台詞が一つしかなく、目つきや表情での演技が要求され、それを見事にまで演じ切っている。
女子大生役はソウォン。
猫を思わせるような表情と仕草はボクを惹き付ける何かを持っている。正直言って脱帽だ。
この映画はチョジェヒョンとソウォンの凄みさえ感じさせる演技に尽きる。
監督はあの「魚と寝る女」のキムギドク。
そう言われれば「魚と寝る女」と相通じる部分もある。主人公がほとんど口を利かないところや、昼間のシーンよりも夜、明るい晴れの日より曇天の空の下。そんなちょっと暗いシーンが多いところなど。

ボクはこの映画に強い衝撃を受けた。
でも、この映画を観た全員がそうかと言うとちょっと疑問だ。まず、女性はどうだろう? この映画はあまりにも女性蔑視に満ちていると言われれば反論の余地は余り無いような気がする。
そして、もう一つ。この映画のエンディングは明らかに蛇足。海岸で二人が出会って最後のピースがピタリとはまる。そこで終わってこそ余韻があると言うものではないでしょうか。最後のトラックの荷台は必要ないと思う。

 

この映画をどうしても観たくて、方々に手を尽くした。「ボクがソウルに着くまで上映してくれ!」と願いながら。事前にホテルへfaxして調べてもらったたところ「メジャーな映画館での上映は終了しているもののコア・アート・ホールで上映している」と親切に教えて下さった(Sホテルのアンジェラさんありがとうございました!)。 少し分かりにくい場所にある映画館だったけど、気持ちよく鑑賞できました。公開から随分日が過ぎているし、休日でも午前中ということもあって20名ほどの入り。切符を売っているお姉ちゃんからは「韓国の映画だけど、大丈夫か?」なんて言われてしまいましたけどね。

日本での公開は、どうかな?
もし、公開されるのなら、力をこめてオススメの一本です。
ボクも必ず観に行きます。

おしまい。