「蝶の舌」

モンチョの眼差しが心に刺さる


  

物語はいつもハッピーエンドとは限らない。
最愛のドン・グレゴリオを載せて去っていくトラックを追いかけていくモンチョ少年は、最後に何を見て、何を思ったのか。
悲しい結末だからこそ、心に残る物語になる。

体制が変わることもなければ、世の中がひっくり返ったこともない。「世の中こんなものさ」と拗ねてみたところで、戦後の日本で生まれ、育ち、ぬるま湯にどっぷりつかっている。
こんなボクが「さぁ、お前も叫ぶのょ!」と、罵声を浴びせかけるモンチョの母親を批判することは出来ない。明日からも、彼女もモンチョもこの地で生きて、生活して行かねばならないのだ。

ドン・グレゴリオの教室はなんとおおらかなんでしょう。男の子ばかりだが、年齢も体格もばらばら。「先生はぶつもんだ」とモンチョは聞いていたが、ドン・グレゴリオは決して手を上げないし、大声でどなりつけもしない。生徒達の自主性とヤル気を重じた「いい先生」だ。
ドン・グレゴリオを見上げる、モンチョの真剣で吸い込まれてしまいそうな、つぶらな瞳がいい。
モンチョはまだ寒い春先に入学し、夏休みを迎えるまでの数カ月間、暖かいドン・グレゴリオの手の中で、乾いたスポンジが水を吸い込むように、様々なことに興味を持ち、いろいろなことを知り、経験する。
教室で学ぶことだけが勉強ではない。先生と森へ出掛けることも、友人と森の小屋で男女の営みをのぞき見することも、好きな女の子に花を差し出すことも、みんな勉強だ。

ドン・グレゴリオだけではなく、モンチョの年が離れた兄も、モンチョを優しく見守っている(このお兄ちゃん、なかなかいい味出しています)。

スペインの共和制が崩れ、フランコ独裁制に移行する前のスペイン内戦前夜。今まで信じ、夢見ていたものが暴力の前にもろくも崩れ去ってしまう。激変する世の中で、モンチョ少年は澄んだ瞳のままで大人になったのだろうか。

さぁ、もう一度叫んで「ティロノリンコ!」「蝶の舌!」

おしまい。