「ごみにまみれて」

坂本信一 ちくま文庫 640円


  

この本のタイトルからは、ゴミを減量しましょうとか、環境問題とかそんなことが書かれていることを想像してしまうが、この本はそんなことが大上段に書かれているだけではない。もっと身近なことが書かれいる。そして、何故か親近感を覚えてしまうのだ。

作者の坂本信一さんが、関東にある地方都市の役所にごみ収集の現業職として採用された経緯から、現在に至るまでの様々な出来事がわかりやすい平易な文章で綴られている。彼がこの本で訴えたいことは、次の一点に要約出来そうだ。

ゴミの収集作業を担当する現業職は、自分を卑下したり、他人から見下されるような「ゴミ屋さん」ではない、もっと仕事に自信と誇り(つまりプライド)を持って取り組むべきだ(無くてはならない仕事なのだ)。

ボクが驚いたのは、この作業を担当する職場の荒れ方。レベルの低い内容で、仲間の足の引っ張り合いをして、まとまりがないばかりか、公務員である立場を利用してほんの些細なことで休みを取り、その休みを消化しきってしまっても平気で欠勤を繰り返す人が多いという。
声が大きかったり、要領が良い者だけが得をして、真面目な人ほど馬鹿を見る。こんな環境では、仕事にプライドは持てないのも当然だ。しかも、ゴミ収集の現業職は一種の特別職で、この職種で採用されると、辞めるか定年になるまで(或いは身体を壊すまで)ずっとこの仕事をしなければならない。雨でも風でも、暑くても寒くてもだ。

坂本さんが訴えているのは、そんな特殊な環境の中でも、人間は向上心とプライドを持って仕事に取り組めば、日々の仕事が能率よく、安全に、楽しく出来るはずだと言うこと。
彼の仕事がちょっと変わっているだけでなく、誰にとっても身近に感じることが出来る仕事だけに、一般の読者も興味を持ってこの本のページをめくることが出来る。さらに、坂本さんは、声が大きくて、押しの利く、活動的な人間ではなく、どちらかと言うとか細く弱い人間であることも、この本に親近感を覚える一因だ。

様々な紆余曲折、職場内部からの動きもあれば、この職場を管理する管理職からの動き、そして役所のトップの交代や議員からの動きなどもあり、坂本さんの職場は一進一退しながら動き始める(変わり始める)。その結果はどうなったのかはわからない。でも、その第一歩をあきらめずに粘り強く踏み出そうと努力を続けている(いつも向上心を持っている)坂本さんには敬意を表したい。そう思わせる作品だと言えるでしょう。
こんな人がいるから、日本も沈没せずに瀬戸際でなんとか踏みとどまることが出来るんでしょうね。

また一方で、坂本さんは「ゴミを出す側(つまり読者)」に苦言を呈することも忘れてはいない。
その部分を読むと「決められ日に決められた場所にゴミを出せば、少なくとも自分の周囲はキレイになる。でも、ほんとうにそれでいいのか、考え直してみようかな」という気にさせられます。そして、ゴミを収集する人の立場になって、ゴミを出そうと思うようになりますね。収集する側に立って考えるのも大切なことなんだと思います。
しかし、現在の日本の消費至上主義、どうにかならないもんですかね。
(ただし、この部分は決して深く踏み込んで書かれているわけではないので、ゴミにまつわる諸問題を詳しく知りたい、論じたいという方には、別の本も併せてお読みになることをオススメします)。

初出が1995年と少し前なんですが、決して古さは感じません。ゴミや環境問題に興味が無くても、この本のサブタイトルにもなっているように「青春苦悩期」として興味深く読むことができると思います。
タイトルに「ゴミ」と入っているので、ゴミの本かと思わせておいて、実は仕事とは、組織とは何か。そして日本のお役所は何かを教えてくれている書でもあるのです。

神戸元町の海文堂書店さんのちくま文庫フェアにて購入。このツカ(本の厚さ)でこの価格か、とも思いますが、読了後には許せました。一気に読めます。まずまずのオススメ。

おしまい。