「華南(1999年5月)」

華南をめまぐるしく移動する


その5・湛江機場

  

気持ち良い朝を迎えた。
朝食をゆっくり食べたいけれど、迎えのクルマが来るのでぼやぼやしていられないのが残念。シャワーを浴びて支度を整え、荷物を取りに来てもらう。このバゲッジダウンがなかなかのクセ者で、電話でフロントかベルボーイにお願いするんだけど、上手く伝わらないことも多い。まぁ、この頃にはすっかり大陸にも慣れて、のんびり待つことにも慣れていたけどね。

チェックアウトを済ませ、もう既に待っていてくれたタクシーに乗り込む。空港までは15分もかからないと教えてくれる。
そう広くない湛江の街を走る抜ける。昨日は気づかなかったけれど、この街は海沿いの平地と、それを囲むように一段高くなった台地があるようだ。クルマはその台地へ上っていく。
途中目に付いたのは、歯を磨く男。解放軍の外套を着たヒゲ親父が、家の外に出て黄色いホーローのコップを持ち、歯ブラシでぐちゃぐちゃやっている。ただそれだけのことだったけれど何故か深く印象に残っている。

「ここなの?」

ここは、火車の駅でも汽車の駅でもない。本当にここが機場なの? 
それでも、タクシーの運転手はさっさとクルマから降りて、トランクからボクのスーツケースを下ろしている。この人に、ボクのつたない普通話は通じないのはわかっている。
でも、本当に、ここが「湛江飛行場」なの?

ここがどんな場所なのか、それを上手く説明する言葉を持たない。
鉄道の駅でも、長距離バスの駅でもない。敢えて表現するとしたら「バス停」ってところかな。ちょっとした広場になっていて、その広場を囲むように平屋の建物がある。突き当りが一応、飛行場の建物。二階建てだけど、地方のバスのチケット売り場のほうがまだ立派。早朝なので入り口のドアには鎖が掛けられ閉まっている。その横には一応「売店」もあるけど、ここも閉まっている。そして、この広場にボク以外に人は「いない」。
タクシーはUターンして帰ってしまった。ボクは朝食にありつくことも出来ず、立ち尽くすだけ。もう一度訊きたい「ここは空港なの?」

中国南方航空(CZ)のチャーター便、香港行きまで後2時間。
仕方なしに飛行場(?)に建物の前に腰を下ろして待つ。10分、20分....。
やがて、やっぱりここは空港のようだとわかってくる。おばちゃんが来て鎖を外し、建物の中に入れた。この建物の内部も空港と言うよりも、どこかのバスの停留所のような規模。それでも外貨からの両替用窓口がある、壁には時刻表も貼ってある。発券カウンターらしき窓口もある。開け放たれた窓口には、先日の香港行きの便の乗客名簿らしきものが放置してある。手にとって読んでみるが、20名ほどの乗客に日本人らしき名前はない。
そうこうするうちに、三々五々人がやって来始めた。空港の職員らしき制服のお姉ちゃんは、単車に二人乗りで乗り付けてたし、公安の一団はクルマで来た。乗客らしき人もぼちぼちとタクシーや乗用車でやって来る。
そうこうしているうちに売店も開いたが、何も売っていない。ボクが欲しいものは。こりゃ、朝食は抜きやな。

やがて、チェックインが始まる。
ここには発券カウンターは無い。予約・発券を受けていない人は空港にいきなり行っても乗れないということか。窓口のお姉ちゃんに、パスポートと航空券を差し出す。が、受け取ってくれない。
「???」
やがて、めんどくさそうに売店の方をあごでしゃくる。空港利用券(90RMB)を買って来い、ということだと理解した。やっぱりそうだった。チケットを買い差し出すと、彼女は、そのチケットを受け取り、半券を返してくれるだけだった。
その後、出国審査。これはいつも緊張する。特に今回のように、審査を受ける乗客よりも官憲の人数が圧倒的に多い場合は。それでも、何を聴かれるわけでもなく、出国のスタンプを押してパスポートを返してくれる。
ここでようやくチェックイン。振り返っても、乗客は10名もいるかどうか...。こりゃガラガラのフライトになりそう。
何年前から使っているの? 硬い紙で出来た搭乗券に座席表を見ながら、座席番号を書き込んでくれる。初めて中国に来たとき(1988年)もこんな搭乗券やったなぁ。
荷物もここで預けるんだけど、なんとまぁ、重量によって「保険料」と称して別料金を請求された。こんな経験は初めてだ。

二階が搭乗待合室になっている。二階に上がって初めてバス停から地方空港に格上げ。本当に空港だった。確かに、窓の向こう側には、麦畑か草原かと見誤りそうな滑走路が広がっている。エプロンにはここの何時から駐機しているのか、CZの737が一機。
ここにも物を売るコーナーが一応あるけれど、それはあるだけど、売る気もないし、こちらも買う気もない。
そうこうしているうちに搭乗が始る。結局乗客は20名ほどになっていた。正面にあるドアが開けられ、係員が搭乗券の一部をもぎ取る。階段を下りて、滑走路に出る。そのまま歩いて飛行機まで行き、タラップを上がる。キャビンアテンダントが迎えてくれる。一応、搭乗券に書かれた座席に座るけれど、実際は自由席状態。
すぐに離陸。これで、一旦、メインランドとはお別れか。
安定飛行に移ると、すぐに「大陸定食」が配られる。ようやくこれで朝食。いつ焼かれたのかわからないようなパサパサのパン。同じくパサパサのチョコレート味のフルーツケーキ。チョコレート。バナナ。そして紙パックに入った妙に甘いレモンティー。ありがたく頂戴する。
大陸の国内線には、乗客に対する妙なサービスは一切無い。綺麗に無い(機内誌はあるけど、中・英)。テレビの画面は無い。イヤホンを使う放送サービスも無い。離陸するまでは何か音楽が流れているけど、滑走路に出るとその音楽は止まる。飛んでいる間はただ爆音を聞いているだけ。そりゃ、眠くなるはずだ。
※もっともこれは当時のことで、今は機材も新しくなっているだろうし、航空会社間での競争も激しくなっているので、変わっているかもしれません。

飛行機はそんなに高度を上げずに、しかもずっと海の上を飛んでいる。1時間と少しで香港の空港。この時はもうランタオ島の新しい空港。
大陸からのやって来る旧民航系の飛行機は一箇所に集められる。使用するブリッジもほぼ一箇所に集中している。大陸から飛んでくるのは、妙に背が低い飛行機ばかり(ジャンボやエアバスではないという意味)。しかし、香港は空気が違う。ほんとに漂う空気が違う。

西側の国に来たなと、安心感が身体中から噴出す。

つづく