「レセ・パセ/自由への通行許可証」

武器を持って闘うことだけが、戦争に参加することではない


  

いつも悲しいほど空いている梅田のOS劇場C・A・P。今回は最終日の最終回。20名ほど入ってました「良かった」。
観たのはフランス映画「レセ・パセ/自由への通行許可証」。
あんまり予備知識を持たずに観てしまったんだけど、この映画は観る前に「予習」をしておけば、さらに見応えが増す作品だと言えるでしょう。裏返すと、ちょっとわかりにくかった。今更ながらチラシを読むと「なるほど、そうやったんか!」って部分が多いのがちょっと残念。時代背景への理解や登場人物の把握などは、映画を観るだけでは不十分。恐らく作り手側は意識して詳細な「説明」を省いていたんだと思う。

今更ボクが、ここで作り手が省いた説明をするつもりはない。
素直な印象を少しだけ。

映画の助監督と脚本家。そして、助監督の奥さんと脚本家の三人の恋人たち。第二次世界大戦中、ナチスに占領されているパリでのお話し。ドイツ資本の「コンティナンタル」という映画会社。ナチスへのレジスタンス。
人間模様を描き、時代を描き、映画を描いている。映像が鮮やかで美しいと思った。
決して退屈でつまらない映画ではない。しかし、残念ながらストーリーは最後まで噛み合わない。何がなんだかわからないままでの3時間弱は、ちょっと辛かった。

そんな中での救いは、脚本家の恋人の一人、娼婦役でマリー・ジランが出演していること。彼女が出ていることすら知らなかった。いいなぁ、マリー・ジランは!
ただ、いいのは彼女だけではない。助監督の奥さん、脚本家の恋人でベテラン女優、そして同じく脚本家の恋人でこの女優の付人。いずれもが水準以上にいい(ベテラン女優はちょっと落ちるけど)。だから目では凄く楽しめる作品。これだけ豪華なのにまとまっていないのが惜しいなぁ。

助監督と脚本家が同じフレームに入っているシーンは数えるほどしかない。
この二人の対照的なレジスタンスの方法が、この作品の一つの狙いだと思うんだけど、それにちょっとムリがあったのではないか。この二人はそれぞれ魅力的だし、エピソードやサイドストーリーもたっぷりある。だから、本来はそれぞれを主人公にした二本の映画を作るべきだったのではないか? それむりやり一本の映画にしてしまったところに、この作品のまとまりの悪さになっていると思う。
結局、中盤以降は動きに「動」がある助監督にストーリーの中心が移ってしまい、「静」(逃げ回っている?)の脚本家はほとんど姿を見せなくなるのも惜しい。

動き回る助監督(ジャック・カンブラン「クリクリのいた夏」のクリクリ)も、動き回るんだけど、それがなんだか良くわからない。どうして自転車なのかもさっぱり理解出来なかった。惜しいなぁ。
ただ、飛行機に乗って英国との間を往復するのは面白かったし、助監督としての仕事振りも良かった(そうか、助監督ってこんなふうに仕事をするんだ!)。余裕があるのかないのか、追い詰められているのか、そんなことがよく見えてこない、物静かでストイックなのほほんぶりが似合う、そんな役者さんですね。

「耳に残るは、君の歌声」が効果的に使われています。

戦時下、ましてや占領下においても映画を作りつづける。なんとも信じられないお話し。日本ではちょっと考えられない。
そして、映画製作の中でもナチスに対するレジスタンスを忘れない(言外に「ナチスに文化がわかってたまるか!」という見下したというか、プライドの高さを感じさせられましてね)。
武器を持って闘うことだけが、戦争に参加することではない。そんなことを思い知った作品でした。

梅田での上映は終了しましたが、三宮アサヒシネマでは7/5から18まで上映の予定があるようです。まだご覧になられていない方は、充分予習してから映画館へお越しください。
なんだかんだと書きましたが、まずまずのオススメです。特に映画そのものが好きな方には是非観ていただきたい作品です。

おしまい。