「菊豆(チュイトウ)」

ハッとするほど鮮やか


  

やっぱりチャンイーモウ監督には、こんなちょっとドロッとしたような人間ドラマを作ってもらいたい、そんなことを思わせる映画。

舞台はとある江南地方にある代々続く染物屋。時は1930年代の清朝末期(のような気がする)。
この梁染物店に長く勤める天青が染め上がった布を遠くの街の市で売ってきた帰り、天青の代わりに手伝っていた男から、ここの年老いた主人の梁金山が跡継ぎ欲しさに若くて美しい娘・菊豆(チュイトウ)を大金で買い、妻にしたと知らされる。天青は、金山とは叔父、甥の関係で通っていたが血の繋がりはない。
天青は菊豆の美しさに心を奪われる。染物屋の広い屋敷の中で寝起きするのは金山夫妻と天青だけ。天青は夜な夜な繰り広げられる金山の責め苦の声に悩まされる。ある朝、天青は物置の節穴から外を覗き、身体を拭う菊豆の後ろ姿を目にしてしまう。どきどき揺れる天青。
ある日、使役に飼っていたロバが倒れる。このロバに付き添って金山が家を空けた晩、天青と菊豆は結ばれる。やがて月日は流れ、菊豆は自分が身籠もっているのに気付く。生まれてくる子は金山ではなく天青の子。生まれた男の子は梁家のしきたりに従い天白と名付けられる。天青は菊豆からこの子はあなたの子だと告げられ、男子誕生を祝う祝宴で人知れず涙する。
そんなある日、金山がロバを連れて街に行き、ロバだけが屋敷に戻って来た。探しに行った天青は発作を起こして倒れている金山を峠で見つける。屋敷に連れて帰るが、医者の見立てでは下半身不随で治る見込みはないらしい。
とうとう天青がこの屋敷で天下を取る日がやって来た。

紅、燈、桃、青...。染め上げられた布が次々に干場に揚げられる。その色はハッとするほど鮮やか。
そんな布に負けず、いやそれ以上に息を飲むような鮮やかな輝きを見せるのがコンリー(菊豆)。この映画の前半でコンリーが見せる初々しい若さは画面から飛び出してきそうだ。一転して中盤以降に見せるふてぶてしさとは好対照をなしている。大した役者さんです。
そして終始おどおどして、物悲しげな天青がいかにも小心な下男をリーパオティエンがこれまた好演。
この映画で展開される人間模様は現代でも充分通じる。不偏の愛憎劇だ。
金に物を言わせる年老いた主人を捨て若い男に走り、やがて逆転劇が起こる。そしてその末に待っていたものは...。
天青はどうして峠で金山を投げ捨ててしまわなかったのか。その後もどうして梁家のしきたりに最後まで従うのか。
物干し台や屋敷の二階、地下の貯蔵庫など、映画の中でめまぐるしく入れ替わる主従関係を象徴するように、見上げたり見下ろしたり、忙しいが斬新。

解放前の古い封建社会の中でもがく若い(?)二人の恋路は悲劇で幕を閉じる(この後、天白はどうなっていくのか興味もありますが...)。

新宿武蔵野館での21:05からのレイトショー。お客さんはそれでも20名ほど入っていました。ここ新宿武蔵野館もアジア系の映画を続々と上映していくようでした(韓国の映画も比較的よく上映しています)。
「初恋のきた道」や「あの子を探して」でしかチャンイーモウを知らない人には、是非ご覧いただきたい作品だと思います。

おしまい。