「上海〜成都〜重慶〜杭州(1998年5月)」

四川省をウロウロ旅する


杭州はお気に入りの街

  

チェックインを済ませてから登場ゲート前の待合室で時間を潰す。味も素っ気もない待合室。信じられないかもしれないけど、ここ重慶の空港は昼下がりのこの時間にもかかわらず、ひっきりなしに到着と出発が繰り返されている。
ちょうど海南省の三亜から到着便、お客さんがゲートから出てくる。手には持ちきれないほどの荷物をぶら下げている。中でも多いのが椰子の実。この人たちが南国で休日を数日過ごしたことは想像に難くない。陽焼けた顔つきが柔和に見えるから不思議。海南航空の機体は派手なペインティングでよく目立ちます。
やがて、ボクが乗る杭州行きSZ(中国西北航空)の便の搭乗アナウンスが流れ、待合室もあわただしくなる。耳を澄ませ、周囲の人たちの動きを観察する。どうやら搭乗ゲートの変更が告げられたようだ。手荷物を持ち一斉に移動が始まる。ボクも一緒に歩き始める(いや小走り状態)。

飛行機はほぼ満席。およそ3時間半のフライトは長く感じる。
途中、軽食のサービス。中国の国内線の機内食は笑ってしまいそうな代物。トレイには乾燥しきったコッペパン、チョコレート菓子、そしてバナナ一本に紙パックのジュースが鎮座している。それを透けて向こうが見えてしまいそうなぺらぺらのプラスチック製のナイフとフォークで食べる。いや、口に押し込む。
重慶から杭州まで、ほぼ長江の流れに沿って飛び続ける。恐ろしいほど奇妙な形に蛇行を繰り返している長江を眼下に眺めていると、長江はこの流域の人々にとって母なる流れであることがなんとなく理解できるし、この川の氾濫にどれだけ苦しめられて来たのかもわかる(ような気がする)。それでも飽きてしまう。この黄土色に輝く流れ以外は、延々と荒野が広がっているだけなんだから。途中で武漢の街を通過しているはずなのに、全く気が付かなかった、眠っていたのかな。

空港にはホテルから迎えが来ている。荷物をピックアップして、クルマに乗り込む。この時で杭州に来るのは三度目だからもう慣れたもんだ。やっぱり初めて行く街とは緊張感が全然違う。それに、空港は鉄道の駅ほどごった返していないので気楽ですね。
ほどなくホテルに到着。チェックインを済ますと、レセプションの女性が「あなたはラッキーだ」と言ってくれる。今回は特別に良い部屋へグレードアップしてくれると言うのだ。ルーム・キーをベルボーイに渡しながら最大級の笑顔を見せてくれた。その後もこのホテルに何度か滞在したけれど、こんなサービスはなかった。なぜこの時だけこんなにいい待遇だったのかは、未だに謎のまま。
ベルボーイはボクのスーツケースを持ちながらエレベーターへ案内してくれる。そして、部屋番号とボクの顔を交互に見直すのだ。「こんな奴が、この部屋に泊まるのか」ってその顔には書いてあった。
通された部屋は西湖を眼下に臨むレイク・ビューのスイート。西館の玄関の真上に位置する部屋。それも中途半端な広さではない! リビングだけで50平米はあるかな、そして隣のベッドルームも同じだけの広さ。そんなとんでもない部屋に一人で取り残されてしまった。リビングには応接セットだけではなく、10人掛けのダイニングテーブルまである。ベッドは縦の長さより横幅の方が広い長々特大のキングサイズ。ベランダもとてつもなく広いよ。特にこのホテルの東館は建物が古いので、天井も高いから部屋は余計に広く感じる。「ありゃ〜」って感じだ。

そんな部屋に泊まっているのに、シャワーを浴び、一休みしてからホテルの前から路線バスに乗り街へ出る。
バスを乗り継いで、体育館のそばにあるスポーツ用品店が集まっているあたりまで足を延ばす。いいスニーカーがあれば買うつもりだったんだけど、どうも気に入ったものが無い。本物は中国でも高価だし、偽者は一目でそれとわかるほど粗雑なつくりなのだ。新華書店まで歩いて戻り、日中・中日辞書を買う。この辞書は以前から狙っていた辞書で、日本でも同じ内容のものが東方書店から出ているのだけど、中国で買うと価格は1/5ほど。但し、装丁や紙質はずいぶん違うけどね。
杭州に来れば必ず寄る小吃のお店。夜市の入り口にあっていつもそこそこ繁盛している。決して清潔なお店ではないけれど、ここの揚げ餃子を肴に飲むぬるいビールがいい。
友好飯店の傍にあるこの夜市は観光客用のもので、他の街のように生活必需品を売っているお店はほとんどない。ガラクタや骨董品らしきものを並べた屋台や、おみやげ物、シルクの肌着などがほとんど。規模もさほど大きくなく、来ている人も地元の人はほとんどいないようだ。毛沢東バッジを買おうかずいぶん迷ったけど、やめた。かわりにシルクのパジャマをお土産に買った。どうしても欲しいものでは無かったし、時間もたっぷりあって、おまけにほろ酔い気分なので、価格交渉は非常に愉快だった。

ホテルに戻ると、行きしなの上海で会った新井さん(仮名)からのメッセージが届けられていた。しまったなぁ、もう少し早くこのメッセージが届いていたら、一緒に夕食を楽しめたのに! 新井さんは夕方の火車で上海に戻ってしまわれていた。何度かホテルに電話を頂いていたようだ。申し訳けありません。

去年の暮れにこのホテルに滞在して、そのときから「春に来たら...」と狙っていたものがあった。
それは、ホテルから西側から北山路一帯に植物園のあたりまで街路樹として植えられているツバキの採集。早咲きで上品に濃いピンクの一重の花を咲かせるツバキの一種・ワビスケが何百本という単位で植栽されている。その素晴らしさに目を奪われていたのだ。
ワビスケは基本的には種子をつけないので、挿し木か接木でしか増やすことは出来ない。今回はこのワビスケの穂先を何本か持ち帰り、家で活着させようと計画していた。杭州は刃物の産地としても有名。昨日のうちにちびっこの植木バサミも購入して「用意してある。ペットボトルに水を少し残して、その中に穂先を入れて持ってかえる計画。
早朝の西湖湖畔はクルマやバスが走っていないだけ静かだけど、実は結構うるさい。朝っぱらから社交ダンスをお楽しみになられる年配の方々のグループ。ラジカセのボリュームは半端じゃない。少し離れた場所では20人ほどで太極拳。散歩を楽しんでいる方々も数知れずうようよしているし、道路を掃いて掃除している方、ゴミの収集車、通勤通学でバスを待つ人たち...。杭州はのんびりしているようでもやっぱり中国。人は多い。
そんな中、一人活きのいい穂先を探して木々の中をうろうろしているボクはちょっと目立つ存在かな。でも、皆さんボクのことを無視してくださって助かりました。
後日、帰国してから挿し木にチャレンジ。一本も枯れることなく全て活着し、翌春にはもう花をつけてくれました。在来品種では「有楽(別名:太郎冠者)」に花は似ているけど、花びらのしわのつき方が少し違う、葉の形も異なり、別の品種のようです。とにかく強健で成長力が旺盛、しかも多花性で、花が着く期間も12月ごろから4月頃までと長い。いいことずくめ。これであとほんの少しでいいから花の形が整っていたらなぁ...。ボクは勝手にこのワビスケを「西湖・シーフー」と命名しました。

ちょうど「春茶」のシーズン。西湖の東岸に広がる旧市街にはお茶やさんも軒を連ねており、巨大なフライパンのようなものでお茶葉を揉んでいます。細長い楕円形のような形をしたお茶葉は杭州特産の「龍井茶(ろんじんちゃ)」と呼ばれ、緑茶の一種です(ウーロン茶とは別種)。ボクはそんなに好みでは無いのですが、この龍井茶は中国国内のみならず世界中(?)にその名を知られているスーパーブランド茶なんですよ。
杭州には有名な泉が何箇所かあり、そこで汲んできた水で入れる龍井茶は不老長寿の薬になるとも言われているそうです。ありがたく飲ませてもらったけど、効き目はあったかな?
ただ、この龍井茶、お値段の方もスーパーでして、特級品ともなると50gで100〜250RMB(人民元)。ちょっと手が出ませんね。中でも明前茶という特定の時期に収穫したり、虎吼山(だったかな?)などの何箇所か特定の地域で収穫されたものにはさらにプレミア価格がつけられていて、完全に「道楽」の世界。そういうプレミア商品は杭州には残っておらず、ほとんどが北京や上海、さらには海外へ向けて出荷されてしまうそうです(そりゃそうだ!)。
この頃はボクも中国茶にそんなに興味を持っておらず、お茶を買うこともなく、店先で職人さんが茶葉を炒っているのをながめているだけでした。

上海に入り、成都・重慶・杭州と移動してきた今回の旅もそろそろおしまい。
再び上海へ戻り、その翌日には関空へ到着していました。何一つトラブルに遭うことも無く、なんだか夢を見ているような一週間でした。初めての街へ行き、美味しいものを食べ、ほんとに楽しかった!
「また行きたいなぁ!」と思っていたら、なんと一カ月後に再び上海・杭州に行くことになったのです。そのお話しは、またいずれ。

おしまい。