「上海〜成都〜重慶〜杭州(1998年5月)」

四川省をウロウロ旅する


その2・成都の奥深さを知る?

  

夜が来ない。
いやこの表現は正しくない。夕方が長いのだ。時計はちゃんと中国時間に合わせてある。なのになかなか夜がやって来ない。時計の針が9時をまわる頃になって、ようやくあたりが暗くなってきた。
上海から空路約3時間。直線距離にして約1,600キロも西にある。中国西北部にある大都市、成都。三国志の昔に蜀の都が置かれていた街だ。もちろん今はその面影はないけれど、人口が1,000万に少し足りないほどの大都市だ。
中国はとてつもなく広いのに、基本的に国内に時差はない。基本時間である「北京時間」は日本に遅れること1時間。こんなに西に来たら、なかなか夜が来ないのも当たり前か。
未開の原野や砂漠を越えた四川盆地にこんな大都市が忽然と出現するなんて、地図の上や頭の中では解っていても、理性としてはなかなか理解できない。
「どうして、こんなところに...。」
成都は、日本語では「せいと」、中国語では「ちぇんどぅ」と発音する。四川省の省都。街は平地でただただ広く、街の中を何本もの川が流れている。中心部のメインストリートにはビルが並び、マクドやKFC(ケンタッキー)などのネオンが輝いている(イトーヨーカ堂もあるよ)。

 

中国の都市部では、どんな都市であれ、なんらかの形で「夜市」がある。その夜市の規模や人通り、売られている商品なんかで、その都市の大体のことを知ることが出来る。
成都の夜市は、夜市と呼ぶより「夕市」という感じだったけど、規模も大きいし、人通りは多く、物資は豊富だ。夕涼みを兼ねて歩いている市民の服装などからも豊かさが充分感じられる。
夜市で売られているのは、衣料品が多い。狭い露地の両脇に小さなワゴンを中心にした「お店」がずらりと並ぶ、婦人もののブラウスや、装飾品、ジーンズ、紳士もののワイシャツ、背広、靴、ベルトなどなど。台北や香港の夜市のような派手さや明るさはないけれど、延々と続くその規模は圧倒される。そして、夜市をひやかして歩く人の多さ。これと言って欲しいモノが見つけられない(見つける気もないんだけど)ボクは、他の人と同じようにただブラブラと夜市をあてもなく漂うだけだ。
騒々しい音が響いてくると、そこには必ず公園や広場があり、そこではたいていダンスが踊られている。ディスコなどではなく、お年を召した方々が社交ダンスを楽しんでおられるのだ。とても楽しそうに踊っている方々の表情は明るく、楽しそうだ。まっ「苦しそうに踊る人」は未だかつて見たこと無いけどね。
この成都の夜市では、地元の、それも中学生か高校生ほどの若い女の子に何度か「肘をさわられた」。これって、何か誘われてるのかなぁ。女の子たちはたいてい2人組みか3人組みで、どこにでもいそうな地味な子達だ。彼女たちに振り向くと、なんかニヤニヤしている。この女の子たちに付いていけば、今までボクが知らなかった別の中国が発見できたかもしれないなぁ。それとも、ズボンのチャックが開いているのを教えてくれたんだろうか...。

 

竹が名産なのか、それとも竹は材料として安いからか、単に加工が楽だからなのか、理由はよくわからないけど、竹で作られた椅子とテーブルが街のあちこちに置いてある。
日本の感覚ならオープンエアの喫茶店(そんなエエもんか?)、中国では「茶館(さかん)」と呼ばれている。中庭を囲むようにロの字形に建てられた建物にその茶館はあった。ボクが入っていってきょろきょろしていたら、男に呼び止められて「お茶はどれにするか選べ」という(んだと思う)。
あまり知られていないが、四川も茶葉の大産地だ。どれがいいのか良く判らないけど、良く葉が巻いている茶を指さす。男は「ほー」って顔をしてニコニコしている。お茶を用意するところに戻って「あの日本人はこれを選んだ」なんて、常連客に言っているんだろうか。日陰になっている席を選んで待っていると、大きめの湯飲みにたっぷりと湯を入れて持ってきてくれる。ここでは、湯飲みの中の茶葉が沈んだところをフーフーして飲む(ようだ)。思いっきり熱い。
この茶館は有名な店でもないし、大通りに面しているわけでもないから、日本人が来るのは珍しいのかもしれない。他の客も上目遣いにこちらをチラチラ見ている。広い茶館では、麻雀卓を囲んでいたり(もちろん卓も竹製)、居眠りをしていたり、奥の方ではビリヤード台もある。老若男女みんな普段着でリラックスしている。何口かお茶をすすると、あつあつのやかんを持った男がたっぷりと湯飲みにお湯を足してくれる。
別の男がお盆を持って近づいて来る。ボクにお盆を見せて「どれか選べ」と言っているようだ。お盆にはヒマワリ、スイカ、カボチャやトウモロコシの実を煎って塩をふったものがビニール袋に入れられている。
竹の椅子をぎしぎしいわせて座り、麻雀のパイをかき混ぜる音や、話し声を聞くとでも無く耳を傾けていると、いつの間にか眠くなってくる...。

 

中国・四川省といえばパンダでしょ。
街からそう遠くないところにパンダがごろごろいる動物園があると教えてもらい、成都動物園に行って来た。
中国でパンダといえば、初めて中国へ行ったときに、お客さんから「パンダが見たい」と言われて「中国はパンダの本場ですから、北京の動物園にはパンダがうようよ居ますよ」なんて、良く知りもしないのにそう答えた。ガイドさんとバスの運転手にお願いして、予定を変更し夕暮れの閉園間近の北京動物園へ行ったことを想い出す。
あの時は恥かいたなぁ。あの時、北京動物園にいたのは年老いたパンダが1頭だけで、それも疲れているのかピクリとも動かない。「パンダが『うようよ』いるねぇ」なんて嫌味を言われたっけ。
子供達はパンダよりも、動物園の入口近くにある屋台の「小吃」が気に入ってくれて、ボクを慰めてくれたよなぁ(懐かしい!)。

まず、大きな路線バスで成都北駅まで行って、そこで小公共汽車(ミニバス)に乗り換える。バスの助手が「動物園!動物園!」って叫んでるし、バスのボディにも動物園と書いてあるので、迷わず動物園まで行けます。それに動物園が終点なので、安心して乗れますね。この日は日曜だったか、休みの日で、動物園もバスも親子連れで超満員でした。
成都動物園はおおざっぱに説明すると二つのゾーンに分けられる。それは、パンダがいるところと、いないところ。中国でもパンダ(大熊猫)はスーパースター。パンダ舎は凄い人。他の場所はガラガラなのに、パンダがいるところは気温も2、3度は高そうだ。
中国の偉いところは、パンダでも蛇でもあんまり差別をしてないとこかな。日本だと特別扱いで、ガラス越しに見学って感じだけど、中国の動物園は普通の檻だし、日本の猿山みたいな広場にパンダがいる。
成都は「本家・本場」だけあって、大きいのから小さいのまで10頭ほどいました。それも、けっこう無邪気に遊んでたり、笹喰ってたり、用を足してたり「動き」がある。さすが「本場」やなぁ。
でも、凄い人だし、暑いし、ほんとのパンダはそんなに綺麗なものでもないので早々に引き上げる。パンダって、本物を見るより、テレビや写真で見たり、ぬいぐるみをかわいがるものなのかもしれへんなぁ...。

 

もうひとつ、四川と言えば「四川料理」ですか。
誰でも知っている四川料理は「麻婆豆腐」かな。この料理は成都の名物料理のひとつです。しかも、少人数、すなわち一人でも食べることが出来る数少ない名物料理なのです。一人でレストランへ行って、デッカイ川魚の甘酢あんかけなんか食べられへんもんな。それに、どんな食べ物か容易に想像が付く(?)料理も非情に珍しい。
麻婆豆腐を考案した「陳麻おばあさん」の末裔が経営しているという(ほんまかなぁ)お店に行く。1階は普通の食堂で、一人でも入れる、二階はもう少し気取ったお店のようです。ボクが行ったのは少年宮の近くにある「支店」。繁華街にある本店は支店とは比較にならない立派な店構えでした。この支店もよく繁盛しています。
メニューを見せてもらい、麻婆豆腐の「小」と白ご飯、ビールを注文する。おばちゃんから伝票をもらい、カウンターへ行きお金を払います。待つことしばし、ボクのテーブルにやって来た麻婆豆腐はボクが知っているそれとあまり変わらない。上に山椒の粉が振りかけてある。思っていたよりはうんと小ぶりの器に入っている、足りるかなぁ、「大」にすれば良かったかな。
一口食べてみる(おそるおそる)。あんまり辛くないかナ。もう一口。ふんふん。けっこう美味しいやん。もう一口。(うぎゃ〜)辛い!舌と言わず、口と言わず、胃の中まで辛い。焼けるように辛いのではない。重く辛い。ズド〜ンと辛い。あわてて、ビールを飲んでみる。中国には冷えたビールはないんか!ご飯を口の中に押し込んでみる。どんなことをしてもこの辛さは緩和されない。脂汗がにじみ出てくる。どうにかして、半分は食べたけど、もう半分は残してしまった(珍しい)。しかし、この辛さはいったい...。やっぱり、中国4,000年の味は奥が深くて強烈だ!

明くる日、お昼過ぎに少年宮の近くをフラフラ歩いていた。そろそろお腹が空いてきて昼ご飯を確保しなければ。そんなときに目に入ったのが、道端に止めてある一台のリヤカー(いやいや、屋台)。近寄っていくと、どうやらお弁当を作って販売している(ようだ)。リヤカーには練炭を使った簡易厨房(といっても中華鍋ひとつしか使わない)が備え付けてあり、リヤカーの台に並んでいる小篭に入った材料を選んで、料理してもらうシステム(らしい)。
何人かの人が注文しているのを見学して、いよいよボクもお願いすることにした。「じゃぁ、これとこれ」って感じで篭を指さすだけでいい。ところが、何か問題があるらしくて、なかなか作ってくれない。ボクの注文は分かってくれてるのか、それとも「日本人には売りません」なのかなぁ。そのへんの様子がよく分からないのがもどかしい。でも、身振りで「少し待て」と言っている(ようだ)。
リヤカーの周りをうろうろすることしばし。やがて、自転車に乗ったおっちゃんが登場して、手にしたビニール袋をリヤカーのシェフ(!)に渡す。中から出てきたのは豚肉のコマギレのようだ。そうか、材料が足らなかったのか。
シェフは鮮やかな手つきで料理を始める。と言っても基本的には「炒める」だけやけどね。香辛料が入ったビンを指さして「これを入れるか?」って聞いてくれるから、こちらもコックリ首を振って「入れて」って答える。そんなやり取りが何度かあって、日本風に言うと「ニンニクの芽の炒め物が具だくさんで凄く辛いもの」が瞬く間に完成。発泡スチロールの容器に盛られた白飯の上にそれをドバっと盛ってくれる。それを同じ道端でムシャムシャと食べるわけだ。
これが、うまいんだなぁ。今回の旅を通して一番美味しかった。
作り方を見学していたし、その後成都のスーパーで辛い香辛料を入手したせいもあって、帰国してからこの料理がボクのレパートリーに加わったのは申すまでもありません。

つづく