07/29/2005・おいわきやまに しがみつく!

真夏の雪渓で消耗する


早朝の弘前市内から見える岩木山 さぁ行くぞ!

秋田県の大館への出張が急遽決まり、「それなら」と、滅多にお邪魔することがない東北、どこかを歩こうと地図を広げる。帰りに乗る便は青森空港だから弘前をベースにしようか。
岩木山、八甲田それに白神山...。どこにするかな。結局、金曜に岩木山、土曜に八甲田と決める。事前に、山歩きの道具を一式、弘前の宿舎に宅配便で出しておいた。
いつも掛け声ばかりで、前回歩いたのはゴールデンウィークの比良山系・蓬莱山。およそ二ヶ月振りにザックを背負う。駄目だねぇ。

正直に言います。「死にました」

前夜、素早く床に入り、4時半に目覚ましをセットしておいたのに、惰眠をむさぼってしまい、目が開いたのが5時。今までそんなことなかったのに、ここのところ山行の朝にちゃんと起きられない。
もちろん、もうすっかり朝になっている。部屋の窓から見上げると、空はスカっと晴れ渡り、岩木山の美しいシルエットが輝いている。しまったなぁ...。
素早く装備を整え、クルマに乗り込む。百沢にある岩木山神社までおよそ30分。途中のコンビニでパンとおむすびを仕入れる。
準備体操とストレッチ。リースをしっかり締め上げ、スパッツを付ける。さぁ、スタート!

岩木山神社は、想像を遥かに上回る規模の大きさ。最初の鳥居をくぐると参道が続いている。大きい建物(拝殿)の前を左に折れると、立派な登山道の表示がある。ここから百沢コースは始まる。しっかりしたコースで道を誤ることはほぼないでしょう。
すぐに鬱蒼と茂った植生の森の中を行くと。すぐに神苑桜林という公園に出会う。ここは花見の頃にはさぞかし見事だろうな。スキー場の建物が目の前に現れ、その中を通り抜けるようにコースは続く。すぐにスキー場とはお別れ。

ここからはブナ林の樹海の中。きつくはないけれど、一本調子の単調なコースになる。
まだ元気だから、どんどん歩く。しっかり整備されたコースは歩きやすく、迷う心配もない。耳元に小さなアブがたかり、正直ウルサイ。手で払いながら歩く。決して気温は高くはないのだが、湿度が高いせいか全身にびっしょり汗をかく。みるみる片手に持ったタオルが湿っていく。
ほぼコースタイム通りに七曲がり(ここは表示板あり)、カラスの休場(表示はなかったけど、たぶんここでしょう)を通過して姥石。ザックを下ろし一本立てる。かつて、岩木山が女人禁制だったときに、この姥石が境界線だったそうです。ここでまだ667mだからほとんど高度を稼いでない。まだ裾野をほっつき歩いていただけだ。今から1,000mも上がるのかと思うと、ぞっとするね。

鬱蒼と茂る樹海の中を歩いていると、今自分が何をしているのか忘れそうになる。静かで音がない。いつもの生活だと、風を感じることは台風や、街角で突風に吹かれたときだけなのに、こうして暗い森を歩いていると、梢が揺れる音や気配で風を感じる。ボクはふだんから霊とかそんなものにはほとんど関心がないけれど、音がないこの樹海の中を歩いていると、まるでブナの精霊に誘われているような気がするから不思議。木々が覆い空を隠している。時折、葉と枝が揺れる。

いつのまにかあんなにうるさかったアブが姿を消し、その点はぐっと快適になる。しかし、汗は止まらない。正直言って、もういい加減イヤになる。何度も何度も立ち止まり、早く次の目標値焼止まり小屋が現れないか、そればかり気になる。雰囲気としては、兵庫の扇の山を深く厳しくスケールアップした感じだろうか。
途中、軽装のおじさんが降りてきた。早いね。このおじさん、どこかでずっこけたのか全身泥まみれ。それともこれから先のコースがよっぽど厳しいのか...。
すると、ザーっという音とともに、梢の中から大粒の雨が落ちてきた。最初は葉にたまった露が風で落ちてきたのだと思ったけれど、どうやら雨のようだ。あんなに晴れ上がっていたのに...。葉の隙間から見える空はすっかり灰色になっている。ボクはこの時点で消耗が始まっていたので、どうしようか迷ってしまった。カッパも傘もザックには入っていないし、着替えもクルマに置いてきてしまった。今歩いてきたコースを引き返すのも気が滅入るしなぁ...。

コンビニで仕入れたホットドッグを運転中にほおばっただけだったので、そろそろガス欠気味。お腹のムシがグーグー鳴って空腹を訴える。焼止まり小屋でおむすびを頬張ろう。それにしてもこの樹海は長い。空の具合も気になるし、お腹の具合も気になる。
と、突然コースが平坦になり、右に巻き道のようになると、唐突に小屋が現れた。ひやぁ、助かった。汗まみれの身体をどかっとステップに下ろす。ザックも投げ捨てるように下ろす。こりゃ、ちびっとバテたかな。水をごくごく飲み、おむすびを二つたちまち平らげた。生き返ったとは言わないけど、息使いは元に戻る。しかし、この異常な汗は何かなぁ。
すると、シャンシャンと鈴の音が近づいてくる。岩木山は信仰のお山だけに、修行中の山伏がほら貝を片手に下りてきたのかと思ったら、女性のハイカーだった。お互いにびっくりする。

「雪渓の具合はどんなですか?」
嘘のような話しだけど、事前に岩木町のweb-siteによると、百沢コースは雪渓が残っていて、初心者は避けた方が無難だと書かれていた。経験者でも軽アイゼンとピッケル必携とも。ボクは信じてなかったけれど、一応軽アイゼンは持って来ていた。
「視界が利く限り雪渓が続いているし、アイスバーン状でストックも刺さらないので、涙を呑んで引き返してきた」とのこと。自身で撮られたデジカメの画像も見せていただいた。
そうか。こんなに汗をかくほど暑いのに、沢には雪が残っているのか。信じられへんな。
「今朝、関西の方一人と日本語ペラペラの外国人二人組み、そして軽装のおじさんが歩き始めたけれど、おじさんは途中でこけてさんざんな目に遭って雪渓を少し進んだところで引き返した。後の二組は会わないから、あの雪渓を歩いていったのかねぇ。あのおじさんより若いし、ストックもあるから大丈夫だと思ったけれど、今回は諦めることにする、山は逃げないからね。百沢コースは9月以降に雪が消えるそうよ」そうかあのおじさんは退却組だったのか。ボクの頭の中にも、具体的な形として歩くのを断念して勇気ある撤退が浮かぶ。はぁ、この樹海をまた引き返すのか...。
「この鈴、いい音鳴ってた? 音が気に入って、盛岡から取り寄せたの」この女性はボクが着ているモンベルの赤いチェックのウィックロンのボタンダウンをお召しになっている。山でお会いする方にしては、上品で垢抜けている。
ただ、沢を埋める雪渓を見ずして断念するわけにはいかない。この女性とはここで別れを告げ、すぐそこにあるという雪渓まで歩き始めた。

雪は白いと思っていたけど、この時期の雪渓は決して白くない。そして柔らかくない。がちがちに凍っている。ざらめ状の氷の集合体。波打ったようにでこぼこしている。なお悪いことに、雪渓の下部は水が流れて沢になっていて、大きな雪のドームになっている。これって、踏み抜いたら流れの中に一直線なの?
まず、見上げてため息をひとつ。そして座り込んで軽アイゼンを装着。良かった、ゴムもバカになってない。
サクサクとステップを切っていく。がっちりとはいかないけれど、アイゼンは効いている。上から見るとどこがしっかりしていて、どこが痩せて(薄くなって)雪庇(せっぴ)になっているのか良くわからない。とにかく真ん中は危ないので雪渓の端、岸に近い部分を歩く。
きっとボクの姿を下から見上げていたら、へっぴり腰で不細工な歩き方やったろうな。でも、こっちは必死でかっこにはかまっていられない。自然と慎重になり、歩みも遅くなる。この日もきっと大阪では30度を越す亜熱帯の猛暑だったんだろうな。それなのにボクは冷や汗をかきながら雪渓と格闘しているなんて、日本は広いなぁ。

これが沢を覆う雪渓のはじまり

ところどころに穴が開いており、そこから猛烈な勢いで水しぶきがガス状になって吹き出している。それでなくても山肌を駆け下りてくる猛烈なガスが視界をさえぎっているのに、ますます視界が利かない。冗談ではなく、10m先が見えない。眼鏡を何度も拭くけれど、焼け石に水。
今は、この雪渓を伝って沢を上がっていくと決まっているから問題ないけれど、このガスでは簡単に方向を失う。そうか、遭難するってナンセンスな話しだと思っていたけれど、こんな状態なら慣れたコースでもイチコロやな。
雪という目先が変わった存在と、必死さも加わって、先ほどまでのしんどさは忘れてしまっている。とにかくスピードはがっくり落ちているけれど、安全を頼りなく確保しながら歩いていくしかない。
すると上から話し声が降ってきた。そうです、山では人の声はまさしく降ってくる。最初は声だけ、そして雪渓を砕く足音、やがてガスの向こうに姿が浮かんできた。おぉ、噂の外国人(白人さん)。
「今で雪渓の1/3ほどですね。アイゼンをしているなら、何の問題もありません」と教えてくださる。凄い! この二人は帰りもこのコースを降りるんだ!
この沢沿いに「錫杖清水」という給水スポットがあると地図上に示されている。普段のお山では、ほとんどと言っていいほど水を飲まないのに、良く汗をかいたこの日は、すでに500ccのペットボトルを一本空けている。この泉で給水するのを楽しみにしていたのに、このガスで見落としてしまったようだ。ちょっと残念。

へっぴり腰で進んだ雪渓も唐突に終わる。
そこに待っていたのは、猛烈な風と霧雨のようなガス。視界は10〜20mで遠望はなし。コースがしっかり踏まれているので、道を誤ることは考えられないけど...。
眼鏡を拭こうとタオルを取り出したけれど、ぐっしょり濡れていて役に立たない。衣服も帽子もザックも、汗と霧とで全部びしょびしょだ。細かいことは見る必要がないので、思い切って眼鏡を外したまま歩く。寝るとき以外でこんなに長時間眼鏡を外していたのは始めてだな。なんだか却って視界がはっきりしたような気がする。
種蒔苗代という沼が唐突に現れる。見えていなかっただけに、正直驚いた! この辺りからコースはガレ場となり、踏み跡を追うのが難しくなる。コースの左右に張られているロープが頼り。すぐに鳳鳴小屋。この建物のおかげで、僅かだけど風が避けられる。腰を下ろす。
ある意味思案のしどころ。このまま視界のない山頂を目指すか、それともロープウェイへ退却するか...。しかし、この強風と視界でロープウェイは動いているのか? そんな気配は微塵も感じないぞ! でも折角ここまで歩いてきたのだから、どんな形でも山頂へ行き達成感を味あわない手はない。
重い腰を上げ、再び歩き出す。ここはロープウェイからの登山者も通るはずなのに、人の気配もない。えっちらおっちらノロノロと歩くと、上から降りてくる人たちとすれ違う。皆さんよれよれにはなっていないから、ロープウェイで上がってこられたのだな。這うようにして二つの急坂を越えると、声が降ってきた。記念撮影の声。

「そうか、ようやく...」
泣く訳にはいかないけれど、いうやく辿り着きました。岩木山1,624.7m。三角点に“でん”。

涙こそ落ちなかったけれど、ようやく頂上へ

視界は10mあるなし。展望ゼロ。ガスに強風。カメラを取り出し、二回シャッターを切る。上手く写っているかな? 余りの強風と寒さに、ストーブを点火する気にもならない。腰を下してしばし休んですぐに下りはじめた。
山頂には別のパーティー。それに岩手県から来たという女子中学生のバレーボールクラブの皆さん。この中学生達の無邪気な元気の良さに、疲れ果てたおじさんは嫉妬を覚えました。
鳳鳴小屋まで戻り、ここからロープウェイへ。そんな気配がないので「ほんまに、ロープウェイなんてあるんかいな?」って感じですが、ちゃんとあります(良かった)。しかも運転中(良かった!)。
「神社から歩いてきたの? 一時間ほど前にも一人来たよ。悪い日に当たったね」と係りの人が慰めてくれる。
あっと言う間に八合目。ここの休憩室で一休み。手と顔を洗い、暖かいソバで身体を温める。ザックに着替えを持ってこなかったのは失敗だった。もう歩かないから、濡れてる身体からどんどん熱が逃げていく。しまいには、寒くて寒くて...。

ここからは、麓の嶽温泉までシャトルバス、嶽温泉から百沢の岩木山神社までは路線バスで10分ほど。ようやく、行きしなに置いたレンタカーまで戻ってきました。
見上げると、岩木山は麓からすっぽり雲につつまれて、その姿は見えません。

岩木山神社から焼止まり小屋までは、ブナの樹海を精霊と語りながら歩く神秘的だけど、割りと単調なコース。焼止まり小屋から鳳鳴小屋までは命からがらの雪渓ルート。そして鳳鳴小屋から山頂までは、強風に煽られながら意外にきついごろ石のコース。全体を三つのパーツに分けて捉えても、そのいずれもがなかなか厳しい。良く言えば、歩き応えがある。
中途半端な装備では無理ですね。無理だと思ったら、勇気ある撤退が必要でしょう。
雪渓が残っている場合には、軽アイゼンは絶対に必要。出来ればストックかピッケルもあれば尚良し。あれば便利なのが、スパッツと手袋。それに着替え一式でしょうか。軽アイゼンも手袋も小さくて軽いものです。ボクも騙されたと思ってザックに入れて行きましたが、この二つには救われました。
また、ロープウェイから山頂までも、意外に厳しいコースなので、スニーカーではなくせめて底が厚いトレッキングシューズでお出かけ下さい。
天気が良ければ、何のことはない山ですが、悪天になればそれなりの備えは必要ですね。

おつかれさまでした!

 

岩木山神社6:25〜登山口6:30〜神苑桜林6:45〜7:45姥石7:55〜8:55焼止まり小屋9:10〜11:00鳳鳴小屋11:25〜11:50山頂12:05〜リフト乗場12:30〜12:40スカイライン八合目

これは何の花かな? 雪渓の脇に咲くミチノクコザクラ