「HERO」

03/Sep./2003

  

「HERO」2002年中国、原題「英雄」。
中国映画史上最高の興行収入を叩き出したという、最大のヒット作。もちろんかかった制作費も過去最大。監督は中国映画の巨匠チャン・イーモウ。制作は「グリーン・デスティニー」のビル・コン。アクション監督は「スパイダーマン」「少林サッカー」を手がけたチウ・シントン。撮影監督は「欲望の翼」「恋する惑星」のクリストファー・ドイル。音楽は「グリーン・デスティニー」(アカデミー最優秀作曲賞)のタン・ドゥン。衣装はアカデミー衣装デザイン賞の受賞経験をもつ和田恵美。そして出演者にもジェット・リー、トニー・レオン、マギー・チャン、チャン・ツィイーと、なんとも豪華な顔ぶれ。
これだけ揃いに揃ったキャスト、間違い無く中国映画史上過去最大の大作。今年の中国映画で一番のメジャー作品だろう。

TVでも宣伝CMをバンバン流していた。そのスポットを観る限り、壮大なセット、繰り広げられるワイヤーアクションの剣劇と、誰もが興味惹かれたに違いない。これだけ宣伝がされているんだ、人が集るのも当然。
初日に観てみようかとふと映画館に立ち寄った時は、3回先まで満席で一杯だった。しかし人がたくさん観に来る映画だからといって、果たしてそれがいい映画なのか? それは疑問。映画の良さはあくまで個人の主観だからだ。

舞台は紀元前200年頃、戦乱続く戦国時代。
後に中国を統一し始皇帝となる秦王、政のもとへ一人の男がやって来る。男の名は無名(ジェット・リー)。
常に刺客に悩まさせられるという秦王は、自分の周りに武器を持った者は100歩以内に近づけないという法を制定し身を守っていた(その為剣を持った兵士も王を守る為に近づくことができないらしいが)。
しかし無名は、秦王を暗殺しようとする三人の刺客を討ち果たし、その証拠品となる一本の槍と二本の剣を差し出したことから、秦王はその功績を称え、無名に30歩の距離まで近づく事を許す。
そして無名に、先ずは槍の使い手である刺客の長空を討ち果たした経緯を話すように命じる。
無名の口から、その回想が語られてゆく...。

お話しはこの無名と秦王の掛け合いによって進む。
無名が語る三人の刺客、長空(ドニー・イェン)、残剣(トニー・レオン)飛雪(マギー・チャン)のそれぞれを討ち果たした話し。
しかし秦王はそれが偽りだと察し、偽りを指摘し自分の推察を語り、無名に迫る。それを聞いた無名が、今度は真実を語り始める。
この話のシーンごとに、登場人物の衣装の色が変わる。
無名が語る偽りの話は赤。
秦王が推察する話は青。
無名が話す真実は白、といった具合だ。
これはわかりやすくていいところなんだけど、しかし折角の衣装も帯からなにまで全て同じ色なので、イマイチ違いがわかりにくいのが残念。おまけにそれが赤なら“赤”と、背景に至るまでセットからすべて真っ赤なもんだから、これはなんだか違和感ありすぎに思える。

最初秦王を演じるチェン・ダオミンに王としての威厳というか重さというか存在感を感じさせないのは何か不審だった。無骨で人間味のある、人を惹きつけるカリスマ性を表しているのだが、ちょっと美化されているような気がする。 しかし残剣の回想シーンで登場し剣を振るう姿はなかなかいい、アクションもできる俳優だ。
長空演じるのドニー・イェンも流石にアクション俳優、冒頭の無名との対決も見せ場のひとつでのめり込む。私的にはワイヤーアクションがちょっと見え見え過ぎるカナ。
だがトニー・レオンとマギー・チャンはどうか。
二人はアクションを見せるためにこのキャストに選ばれたわけでは無いハズだ。しかしこの映画では全然らしくない、どちらもパッとしない。チャン・ツィイーにいたっては別にいてもいなくてもどっちでも良かったような役ど ころ、これには残念だ!
これはやはり物語り全体の本筋が秦王を暗殺しようとする話しの流れだから、観客はそっちに目がいっているのに脇にふれたような話でトニーとマギーの愛の行方を語られても全然感情移入できないと思う。
しかも大半は“偽り”と“推察”の話しだから、本当の真実のシーンは少ないのだ。

この映画で伝えたかったテーマはなんだったのか?
やっぱりそれは“英雄”ということだろう。悪を倒す、正義の味方、それが決してヒーローということではない。僕は“英雄”とは、必ずしも腕力に頼る必要も無く“人々の共感を得た、偉業を成し遂げた者”だと考える。
これだけの大作映画を成功させた監督も制作もみな、人々に支持された“英雄”だろう。ジェット・リーもトニー・レオンも出演者は皆人々に賛美され“英雄”だろう。
だがジェット・リー演じる無名に感動したか、トニー・レオン演じる残剣に共感したか。少なくとも僕は全然共感できなかった。

たしかに映像美は素晴らしい。 湖のシーンを観れば、誰もがおっと息を飲み込むだろう。
しかしこれだけのキャストと題材を揃えて、このお話しの内容は実にもったいない。もっと人間味を掘り下げたお話ができたかもしれないのに...。
でもそうなると上映時間もとてつもなく長くなることだろうし、もっと制作にも時間とお金がかかったろうね。そういう意味でこれはこれで良かったのかもしれない。キッパリと観て楽しめる、それこそ興行的に成功する為の作品なのかもネ。これだけの大作映画、観ないわけにはいかないでしょう。

アメリカでも公開を控えているということだが、単純な“強くて正義の”ヒーローを求めるアメリカ気質に、果たしてアジアの武侠精神は伝わるのであろうか。

次回は「アメリカン・アウトロー」をご報告します。