「風の絨毯」

07/Jul./2003

  

さて今回は梅田ガーデンシネマにて「風の絨毯」、2002年日本・イラン合作。日本とイランの温かい交流を描いた作品だという。

日本の飛騨高山、当地の祭に出される山車にペルシア絨毯をかけるため(江戸時代にシルクロードを渡ってきたペルシア絨毯が祇園祭の山車にかけられたらしい)、発注した絨毯をはるばるイランまで取に来た日本人の親子。
絨毯の輸入業を行う父親と、そのひとり娘。母親をつい最近交通事故で亡くなったばかりだった。悲しみのあまり笑顔を無くした娘を元気づけるためにも、父親は妻がデザインした絨毯の完成を求めて娘と一緒にイランへとやって来たのだ...。

出だしの日本でのエピソードはどうでもよかった。始まってしばらくしてからこれまたぐっすり寝てしまったしね。
お話しの舞台がイランに移ってからぐんと面白くなります。そう、ペルシア絨毯ってこんなふうに造られているんだ。それは気の遠くなるような作業の繰り返し。ずっとはるか昔から、何代もそうやって受け継がれてきたんだろうな。 こうして絨毯の出来あがる過程をつぶさに眺めながら物語は進行していく。その中で日本からやってきた親子と現地の人々との交流のさまざまなエピソードが描かれている。
しかしこの映画、どうも違和感がある。やっぱりイランが舞台だからか、どうもこの日本人の親子がこの映画に全然あっていない。特に父親の方、わざとあんな演技をしているのだろうか? 子役の少女はの方はあまり喋らないのでまだ気になないんだけど、現地の少年とのエピソードもストーリにはあんまり関係なかたしなぁ。

それにしても普通なら三カ月かかるという絨毯を、20日で仕上てしまうなんて、ほんとにできるんだろうか? おまけにイランの人々が、どうしてそうまでして日本人のこの親子のために絨毯を造ろうとしたのか、そこにはあまり触れていない。これがほんとうに日本とイランとの温かい交流のお話だったのかというと疑問が残るなぁ。
題材はすごくいいのを扱っていると思うのに、惜しいな。

泣いてしまうような感動ではないけれど素直に楽しめるいい作品だ。でもやっぱり、最後の日本でのシーンには違和感があったな。物語を全部イランでまとめた方がよかったかもね。

次回もガーデンシネマ、「エルミタージュ幻想」をご報告します。