ラスト、コーション/LUST, CAUTION/色・戒

愛が持つ制御しきれないエネルギーに“酔う”



  

結構前評判が高い「ラスト、コーション」をソウルでひと足早く拝見。
以前、「傷城(傷だらけの男たち)」をソウルで日本語字幕なしで観たときは(直前に飲んだビールの影響があったにせよ)お話しに付いていけなかった。その思いが一瞬アタマをよぎるけど、朝一番だから気持ちもシャキっとしているから大丈夫でしょう、きっと。

ここ数年、以前にも増して輝いているトニーレオン。そして、ヒロインには新人のタンウェイ。もう一人は最後まで気が付かなかったけどワンリーホンだったのね。この三人が主演しているけど、やっぱりこの映画はトニーレオンとタンウェイ、この二人の作品。いや、やっぱりこの作品はタンウェイを世に送り出すためにだけに撮られたのかもしれないな。
詳細は語学力と想像力の欠如のためにわからないけれど、まぁ、そんなの関係ない。1930〜40年初頭の上海と香港の世界にどっぷりと浸ることができました。

お話しそのものは他を当たっていただくとして、まずボクのハートを鷲掴みしてしまった王佳芝(=ワンチアチー:湯唯タンウェイ)について。
垢抜けない田舎の女子大生、抗日戦線に向かう兵士とすれ違うトラックに乗った彼女の横顔にはっとしてしまう。香港の学園(?)に戻り、演劇にのめりこむチアチー。劇団のリーダーへ向けられるあこがれのまなざしは清純でかわいい。やがて、政治色が色濃くにじみ出、チアチーには特別な役回りが与えられる。女子学生から上流階級のマダムへ変貌していく姿に目を見張る...。しかし当然、これだけではこの映画の彼女は語れない。

このお話しを通じてアンリー監督が描きたかったものは「愛」という人間の根幹を成す感情が持つ狂おしいほどのエネルギーの吐露ではないか。思想や階級などは飛び越える、物凄いエネルギーが愛にはあるということなんだろう。
考えてみると、多くの人はそのエネルギーを自身の中で巧にコントロールしてしまう(実はそれはとても悲しいことなのかもしれない)。しかし、チャンスを得た人は、自分ではコントロールできなくなり、狂おしい愛の果実の前で我を忘れてしまう(羨ましい!)。そうなると、最早、使命や倫理観などは愛の前には何の意味も持たなくなるのだ。
壁が高く、困難であればあるほど燃え上がる。そこにスリルが加味されると、もう誰も押しとどめることなど出来ない。

クールなのか、それともバカなのか。いや、地位も権力もあり、人一倍猜疑心が強い易(=イ:梁朝偉トニーレオン)は魅力的な存在であり、時折見せる弱気な姿がまたいい。
それに引き換えると王力宏は、芸達者な役者に囲まれ芝居の拙さが少し目立つかな。

映画というレギュレーションの中で、どうやって狂おしい愛を表現するのか。その表現方法や手法、今まで何万通りも考えられ、実行され、スクリーンに映し出されたことだろう。だけど誰もが「愛」そのものをスクリーンに映し出すことに成功していない。そう考えると、今回のアンリー監督が使った表現方法は安易なように見えなくもないが、実は、チアチーとイの間の火花を如実に観客の前に提示したのかもしれない。
超えてはいけない線があり、しかし、超えなけらばならない線。それゆえに超えてしまえば、あとはもう溺れるしかないのか...。

映画が終わり、劇場のドアを抜け底冷えするソウルの街へ出たボクの心の中は、正直に言うと拍子抜けだった。その時は、話題先行のベッドシーンに血が回っていて、のぼせ上がっていたのかもしれない。
でも、時間を置いてこうして振り返えるタンウェイの横顔には、なんとも言えない深さや味わいが隠されていたのだと気が付いた。彼女の端正な横顔には、愛の巨大なエネルギーの前に翻弄される、不幸でありながら、実は極めて幸福な人だけが持つ表情が刻まれていたんだな。
もし“示唆”とか“余韻”によって二人の愛が表現されていたとしたら、この映画の魅力は半減していたかもしれない。
こうして寝かしておくことによって気が付く、そんな奥の深さがこの映画の魅力なのだと思う。もちろん、もう一度日本語の字幕が付いた状態で拝見したい。

ヴェネチアで金獅子賞を受賞。
話題先行ですが、それでもいい。大陸ではオリジナルから十数分カットされ上映されたらしい、日本でも6、7分カットされているそうです。ソウルで上映されたのはどのヴァージョンだったのでしょう?
あと二つ。一つ目は、どうして日本で上映される際に、オフィシャルイメージソングなるワケののわからないものが流されるのか。全く映画本編に対する冒涜としか思えない。
二つ目は映像の美しさ。ほぼ全てのカットに細かい部分まで気が使われている。特にタンウェイとトニーレオンの衣装はいいね(「花様年華」のマギーチャンの衣装とはまた一味違うけど)。とにかくうっとりする映像美。

日本でももうすぐ公開。まぁ、一度ご覧下さいね。

おしまい。