非情城市

今まで知らなかった台湾の歴史



  

台湾へ行ったとき、台北から電車とバスを乗り継いで九[イ分]へ行った。
静かで、崖のような急な斜面にへばりついたような街。いや、街ではなく集落と表現する方がふさわしいかもしれない。トニー・レオンが眺めたのと同じ風景が広がっていた。茶館に入り、梅のエキスが入ったひどくすっぱい飲み物を頼んだけれど、半分も飲めなかった。ここから観る夕方の風景はさぞ美しいだろう。そう思いながら、後ろ髪を引かれる思いで、帰りのバスに乗り込んだ。
この急な崖にへばりついた集落がメインの舞台になったこの映画、どうして「悲情城市/A City of Sadness」であったのか。その理由がわかるような、わからないような...。
今となっては、古い映画だ。トニーレオンは若い。でも、何も色褪せることはなく、今でも九[イ分]では同じ風景が広がっているのではないかと思ってしまう。

太平洋戦争が日本の敗戦で終る。台湾は日本の統治下ではあったものの、戦火にまみれず、日本人はそのまま引き揚げていく。その後、台湾がどのような歴史を経て中華民国として成立したのかは、恥ずかしいことに何も知らない(この映画を観終わった今でも知らないのと同じ)。
終戦でどんどん日本人は引き揚げていく、そして統治していた日本人の代わりに台湾を統治するのはどの組織で誰となるのか、大陸での勢力争いをそのままに各勢力が台湾でも入り乱れている。それは台北でだけ繰り広げられているのではなく、こんな地方にも様々な形で及んで来ているのだ。
結果的には大陸で敗れた国民党が台湾での覇権を握るのだが...。

とにかく、ボクにとっては知らないことだらけで、全てが驚きだった。今まで観光地としてしか知らなかった台湾にも重い歴史があるのだ。そして本当は知っておかなければならない歴史なのだろう。もっとも、この映画で語られていることが真実かどうかはわからないけれど。
その動乱の中にすっぽりと巻き込まれてしまった一家の物語り。恋愛ものでもコメディでもない。ここで語られるのは、少しばかり裕福で知識人であった台湾の一家がどのような形で歴史に向かい合ったのか、その記録。高邁な目標もあれば、手を伸ばせばすぐに届きそうな幸せもある。それらが入り混じって人々の生活があったのか。

この映画には、言葉としてだけ知っている内省人と外省人が出てくるだけではなく、上海人も広東人(香港人?)も出てくる。中国でありながら様々な言語が飛び交い、そして意思を交換するためには通訳まで必要なのか。それには驚くとともに、出てくるどの言葉もイキイキと語られている。ふと、ほぼ普通話に統一してしまった中華人民共和国の教育に対する情熱に驚くとともにその功罪についても思いが及んでしまうなぁ。そう遠くない時期に、中国では言語の採集保存が急がれるのではないだろうか。そうしないと、多くの言葉が死んでいく。

上手く伝えられないけれど、とにかく、一見の価値がある大作。ただし、観終わって少し重さも残ります。

おしまい。