トゥー・カップス/Two Cops

パクチュンフの勇姿



  

ここ数年、韓国へお邪魔すると、そのとき上映されている映画を映画館で観るようにしている。
それに、まだ見ていないけど、見たい作品のDVDやVCD、中古ビデオなどをみつけては買ってきている(その割には見てないけど)。その数はいったいどれくらいなのか、あんまり数えたくないから数えていないけど、相当ある。
この春、釜山に初めてお邪魔した時、ソウルでは見かけないタイトルが結構並んでいて、またまた買ってしまった。その中の一つが「トゥー・カップス2&3」がカップリングされているDVD。しかも、投売り状態、思わず買ってしまった。こうなったら、何年も前に買ったままになっている「トゥー・カップス/Two Cops」を見ないわけにはいかない...。
あるゴールデン・ウィークの昼下がり、外は雨が降っている。こんな午後には昼寝をやめてビデオを見るに限る...(?)。

アンソンギとパクチュンフンが主演。
言葉がわからなくても、お話しの内容はよ〜くわかる。
シリアスな社会派ドラマではなく、刑事モノのコメディタッチのドラマですね。

アンソンギはご存知のように、韓国映画界の重鎮。日本でいえば高倉健のような存在(ちびっと違うか?)。
だけど、この作品と云い、先日拝見した「デュエリスト」と云い。軽くて、笑わせる役も、飄々と演じてしまうから、ちょっと不思議な気もする。でも、アンソンギ以外には考えられない芝居もちゃんとある。アンソンギは、実にそこにいるだけでアンソンギなのだ。

景色と云うか、風景と云うか、20年も30年も経っているわけではないのに、ソウルの街の変貌には目を見張る。この間に音を立ててソウルは変わったんだな。道路沿いの建物の高さが全然違うよ。93年の製作だから、実際には13年しか経ってない。

お話しは簡単。
警察学校を優秀な成績で終了したカン(パクチュンフン)が現場に配属される。その現場で彼の指導担当として面倒を見ることになったのが、何事にも要領をかましているチョギョンス(アンソンギ)。若さゆえ(?)の正義感と使命感に燃えるカン刑事と、現場を知り尽くしているチョ刑事はことあるごとに反目しあうのだが...。
そうだね、しょせん世の中は要領良く生きていく人間に都合がいいように出来ているのか。“ハンガンの奇跡”と称された高度成長時代においては、こういう生き方(?)が“良し”とされたのでしょうか?
そうこうして月日は経過して、カンもある出来事を通じてどんどん世俗化(?)していく。あんなに真っ白でとんがっていたカンが、角が取れ、色に染まっていく様子を予想に反して割と淡々と描いている。
それでも、誰をもスーパースターや聖人君子のようにもったいぶって描写していない点には好感が持てますね。

映画というのは、ある意味世相の鏡なわけで、当時は夜間外出禁止令がまだあって、深夜の飲み屋はある一種闇の空間。そこにいる人たちは、ただ飲んで騒いでいるだけなのに秘密を共有しているような雰囲気があったのでしょうね。
今、こうしてビデオを見ていると、なんだか垢抜けなくてもっさいような気がするけれど、決してそうではなくて、それほど時間の流れと変化が激しいのでしょう。
考えてみると「八月のクリスマス」だって、この映画のたった5年後の98年に撮られている。だけど、八クリはそう古ぼけて見えないのは、その5年間が韓国にとって如何に激動の時代であったのかということでしょう。しかし、いつかは「八月のクリスマス」が“クラシックな”映画となり、シムウナは過去の女優さんになってしまうのでしょうね(いや、もうなってるか!)。

続編はいつかDVDで拝見するとして、パクチュンフとアンソンギというベテラン俳優さんを楽しむにはもってこいです。
スクリーンで観られる可能性は極めて低いので、興味がおありの場合は、ソウルの中古ビデオ屋さんで探してみてください。入手できる可能性は低くないと思いますよ。
最後に、警察署の門衛として突っ立ていて、最初と最後にパクチュンフとキムボソンにからかわれるのが、キムスロだったとは、後で調べて知りました。う〜む...。見逃してたなぁ。

あんにょん。