あんな占いなら、ボクもしてもらいたい



  

いつからだったか、この「弓」の予告編は何度も繰り返し見ている。
忙しさにかまけてテアトル梅田での公開を観逃してしまい、神戸まで行きシネカノン神戸で観る。これは06年に多かったパターン。
キムギドク監督の作品。この監督、韓国国内では評価は低くないようだけど、興行的にはほとんど評価されていないようなのは、どうなのかなぁ。誰か個人を評価することがあまり多くないボクだけど、この監督の作品はいつもとても楽しみにしている。

意表を突く設定。そして、例によって台詞が無い主人公たち。
湾の中ほどに係留された漁船。きっと漁礁の上に係留されているのだろう(の割にはたいした魚は釣れていないようだけど...)。この船と港を往復する小船で釣り客の送迎をする。係留された船に連れてこられた客は、三々五々各自の釣り座を確保して釣りを楽しむ。要望があれば、船倉で夜を明かすことも出来る(でも、船倉にあれだけの空間があれば、あの船はあっと言う間に転覆してしまうでしょう、きっと)。
この船のオーナーは老人。そして、この船には一人の少女が住んでいた。彼女は10年ほど前にこの船に連れてこられ、そのままずっとこの船の中でだけ生活をしているようだ。もう数ヶ月して、彼女が16になるとオーナーの老人と祝言を挙げるのだと云う。

前半の描き方が丁寧で好きだ。
何も無い(いや、周囲に海だけはイヤになるほどある)船で、老人と少女の二人だけの毎日が流れ、時折闖入者のように釣り人がやって来る。その釣り師と少女、釣り師と老人の掛け合いが面白い。
何か全てを悟りきったような少女の仕草、表情がいい。

中盤以降、全てががらっと変わる。ボクには、老人の焦燥感がよくわかる。よくわかるのだけれど、老人にはもっとどっしりと構えて欲しかった。どんなことがあろうとも、この船の上で起こることは、自分の掌の中で動き回っているのと同じことなのだと泰然とした態度を取ってもらいたかった。いや、ボク自身がそんな懐の広い大人になりたいから、この老人にもそんな態度を取ってもらいたかったのだ。裏返して言えば、些細なことにおろおろしてしまい、悩み苦しむ自分だからこそ、映画の中の主人公には、自分がなしえないことをしてもらいたい。

1時間半ほどの上映時間はあっと言う間に過ぎ去ってしまう。
目の前に映し出されていたドラマは、それこそ夢を見ていたのかと思わずにいられないほど、滑るように流れていく。
描かれる主題、そして女性を隷属するものとして描く姿勢に嫌悪感を抱く方も少なくないかもしれない、でも、万人に受け入れられる必要もないだろう。

時折、客に頼まれてする「弓占い」。これは強烈。彼女がこの弓をもってして、どんな占いを見立てているのか。ボクも、これからの人生を占って欲しくなります。
ハンヨルム(ソミンジョンから改名したそうです)という少女、ひょっとしたらソンムリのような女優さんに育っていくのではないだろうか。そんな予感がします。

最後に苦言を。
タイトルが「弓」で、この弓は象徴的なキーワードなだけではなく、この映画の随所に登場する。武器として、楽器として。そこでだ。楽器としての弓があまりにも軽視されていないか。映画で老人が弾く弓は全く音楽を奏でておらず、流れる音とは別の作為を行っているのにすぎない。惜しいな。本当にこの老人が弾いていなくてもいい、でも、もし、流れる音楽に合っていたら何十倍も素晴らしい効果があったろうに...。間違いなくサントラだって買っていただろうに...。全く持って、惜しい。

でも、オススメですので、チャンスがあれば是非ご覧下さいね。

おしまい。