非・バランス

「今日は土曜日!」



  

今まで観た映画には、それぞれに忘れられない思い出があり、鮮烈な印象を残したものもあれば、普段はすっかり忘れているけれど、何かの拍子に記憶の淵から蘇ってくるものもある。確かに、面白かった作品もあれば、途中で時計ばかりを気にしてしまったものもある。それどころか、何時中座しようかと、そんなことばかり気にしていた映画もある。でも、それはそれで、その思い出が記憶に刻まれているのだから偉い(?)ものだ。

今までの最高は、ロードショウ公開中に三度観に行ったシンガポールの作品「フォーエバー・フィーバー」。どうして三度も観るほど気に入ったのか、今となってはその理由も忘れてしまったけど、確かに引き寄せられるお話しやったなぁ...。
二度観た作品は少なくない。香港やソウルで拝見して、日本語字幕付きで観たものもあれば、日本で二度劇場に足を運んだものもある。いずれもボクの心に何かを残してくれた作品。

今回紹介する「非・バランス」。スクリーンでお会いするのは今回で三度目。
成長する千秋の心がとても上手く描かれていて、笑ったり、泣いたりするお話しではないけれど、大きなインパクトを与えてくれた。監督は富樫森、主演の千秋に派谷恵美、助演の菊ちゃんに小日向文夫。映画を観て魚住直子の原作も読んだ。ボクには忘れられない一作。
しかし、残念なことに、DVDは発売されたものの、すぐに廃盤になってしまい、今では入手がかなり困難。ビデオはどうか知らないけれど、きっと大きなレンタルショップでも置いていないでしょう(調べたことないけど)。
いつかもう一度観たいと思っていたら、川崎市にある小さなシネマ・バー「ザ・クリソムギャング」で一夜限りの上映会をするという情報をキャッチ。しかもその晩は東京に滞在中。電話を掛けて確認して、予約を入れる。富樫森監督と派谷恵美さんのトークショーもあるらしい。

もう一度スクリーンでお会いできるとは思っていなかったので、素直に嬉しく、そして楽しかった。千秋も菊ちゃんも素晴らしい!
何となく大人へ脱皮してしまう人もいるけれど、苦しんでもがきながら成長していく人もいる。そのもがき方や苦しみ方が優しい視線で描かれている。そんな千秋の成長を短い期間だけど導いていった菊ちゃんって凄いな。
苦しんだ人は、その苦しんだぶんだけ大きな成長を得られたんですね、きっと。
出来れば、一人でも多くの人(成長途上の人も、もう成長しきってしまった人も)にご覧いただきたいお話しですが、それはちびっと難しいかもしれません。

上映が終わってから壇上でのトークショー。
これが意外(?)と面白かった。監督も初監督作だったし、派谷恵美さんも初主演。特に派谷恵美さんが千秋そのままだったというのが、頷けるというか、やっぱりというか。
撮影は、ほぼ順撮りだったそうで、最初の頃のふくれっつらの千秋がどんどんいい顔になって行くのが本当に素晴らしい。でも、撮影にはかなり苦労されたようで、監督の言葉の端々に“懐かしさ”が漂っているのが印象に残りました。
特に「今日は土曜日」のエピソード。今となっては笑い話しでしょうが、その時の監督やスタッフの心中を察するに...。そして、そのエピソードを反省しながら語る派谷恵美さんの笑顔に5年の歳月も感じました。突っ張りながら突っ走ったり、「今日は土曜日」と答えられるような人でなければ千秋役は演じられなかったんだと思います。
派谷恵美さんは今後の活躍に大いに期待したいですね。監督の次回作「天使の卵」は観に行こうと思っていたのに、いつの間にか上映が終了していて、悪いことをしてしまいました。
この席に小日向文夫さんもいらっしゃっていれば、もっと面白かったのになとも思いましたが、それはちびっと贅沢な望みかもしれません(監督の彼の演技が素晴らしくて「すぐに、NHKに電話した」という話しには少し驚きました)。
この晩のお話しを聞いて、ますますこの作品が好きになったのは間違いありません。

ザ・クリソムギャングは、ほんとにちびっこの映写室という雰囲気。こんな掌品を上映するにはもってこいの雰囲気でした。これからも頑張ってくださいね。

おしまい