初恋

60年代の新宿を歩いてみたい



  

“初恋”か。
なんとも形容し難い甘美な響きを持つ言葉。
誰にでも、どんな人にも初恋はあるだろう。そして、その初恋がどんな形であれ成就することはない。すなわち、初恋という甘美な響きを持つ言葉の裏には、人間の数だけ、程度の差はあるにせよ“心の疼き”が存在することを証明する言葉。
ボクにもそんな初恋があったような...。

「凄い映画を観た」とは思わない。
どこにでも転がっているお話しの焼き直しにしかすぎないのかもしれない。ただ一点を除いては...。

三億円事件。
幸か不幸か、ボクはこの事件を幼心にもリアルタイムで知っているし、記憶している。あのモンタージュ写真も、ある意味“馴染みの顔”ですらある。
でも、あの事件の裏に、あんな事情があったとは知るはずもない。もちろん、なかったのかもしれないけど。

衝撃を伴うエポックメーキングな事件だった。その衝撃度で比較すれば、阪神大震災やサリン事件になどにも匹敵するかもしれないけれど、この三億円事件と他の事件との最も大きな違いは、一般大衆には全く被害が無かったことだろう。
当事者の精神的なダメージを除けば、誰も傷付いてはいない。当時の三億円とは、全く想像もつかない天文学的な数字だったけれど...。

設定は奇抜で面白い。そうか、そんな世界もあったのか。
ボクは昔も今も新宿にはとんと縁がないけれど、60年代の新宿へは一度行ってみたかった。常識と非常識が入り混じり、右と左、大人と子供が共存していたんだ。ある意味、時代の最先端を体現していた街だったんだろう。
もちろん、自分のこれからがどうなるかもわからない。それどころか、日本という国がどうなるのかも行く先が見えなくて、若者たちは“自分たちの力で日本が変えられるかもしれない”とさえ思っていた。だから、方や理想論を演じ、学生運動に身を投じる。また一方では、体制には組せずアウトロー的な生き方を選ぶ。
ラスト付近、閉店してしまったジャズ喫茶「B」の店内が映し出される、こうして一つの時代が幕を閉じる。そして、新宿の街を闊歩していた若者たちは、好むと好まざるとを関係なく、高度成長時代に組み入れられ、モーレツに日本の成長に寄与してきたのだから、ある意味「B」の存在は象徴的だったのだろう(それにしても、今では“ジャズ喫茶”という言葉そのものがすっかり死語になってしまったか...)。

「B」以外にも様々なシーンで当時の世相が再現されている。ボクですら懐かしいと思うものもあれば、「そうやったんか」と知らないことも。ただ、この時代を懐かしむ世代のお客さんはほとんどいなかったけどね。もったいないけど、仕方ないか、そんなプロモーションじゃなかったしね。

懐かしく振り返るのか、それとも全く新しい恋愛映画として観るのか。その判断は観る側に委ねられている。
いずれにせよ、およそ40年を経て、こうして映画の題材に取り上げられる「三億円事件」って、やっぱり凄い事件だったんだな。

確か予告編にも使われていて、みすずがヘルメットを脱ぎ、その肩に長い髪が落ちる後姿のシーンがとっても気に入りました。
宮崎あおいがいい。この子は確かに芝居も出来る。上手く育っている。これから先、一体どんなふうに育っていくのか、成長するのか、楽しみなような、不安なような...。
それに較べると、男優陣は影が薄い。唯一、柄本佑だけがキラリと一瞬の光を見せる。小出恵介(岸)は、役柄もあったかもしれないけれど、彼の微妙な心の機微を演じていたとは、全く思えない。ダメダメじゃん。でも、考えてみたら、40年ほど前の若者はみんな岸のようだったのかもしれないな...。

おしまい。