ワイキキ・ブラザーズ/WAIKIKI BROTHERS

青春は振り返るだけではない、時には現在進行形なのだから



  

何とも言えないセンチメンタルなお話し。
韓国映画というジャンルを飛び出して、一つの青春譜として多くの方にご覧いただきたい作品だと思う。
誰が悪いわけでも、何が悪いわけでもない、だけどどこかで道を踏みはずしてしまうもの。振り返る青春時代はあんなに光り輝いているのに、30を半分ほど過ぎてしまった今はどうしてこんなに暗いのだろう。人生を成功した者も、失敗したと思い込んでいる人も、誰でも一度はそう思わずにいられないものでしょう。そんな過去への郷愁を美しく描いた佳作。

高校に入ってギターを覚え、仲間とバンドを組む。発表の舞台は文化祭のステージ。そんなどこにでも転がっていそうなエピソード。あのころは、自分がミュージシャンになるなんて思っていなかった。でも憧れてはいたし、夢見てもいた。そして、現実にその夢を叶え、憧れの職業に就いたにもかかわらず、心の中にあるのは何か。満たされない思いと、淋しさ。そして、明日をも語れない諦めか。
「ワイキキ・ブラザーズ」という売れないバンドを率いて、今夜はナイトクラブのステージ、明日は農家の中庭で披露宴の引立て役、そして商店街で開かれる何かのコンテストのカラオケ大会のバックバンドか...。自分達が求めている音楽が何なのか、そんなこととうの昔に忘れてしまった。胸の中に秘めた思いの丈をぶつけるために曲を作ることももうない。今日を、今夜を、そして明日をどう稼ぐのか、そんな目先のことしか頭にない。
まるで行き先がわからないつぶれかけのバスに乗り、真っ暗な道を走っているようなものだ。崖から落ちてしまうかもしれないし、途中で燃料が切れて止まってしまうかもしれない。実はそんなバスから降りてしまうことは、意外にカンタンかもしれない。でも、降りたところで他に行く当ても無い、それどころかこの年齢になってしまうともう飛び降りるだけの元気もなない、こうして惰性でバスに揺られているだけ。

ソンウ(イオル)は生まれ故郷の温泉に建つホテルのクラブで演奏することになった。とってもじゃないが“故郷に錦を飾る”とは言えない。それでも、高校時代のバンド仲間が集まってくれて、カラオケ屋で久し振りに会う。皆それぞれ違う道を歩いてはいるけれど、同じだけは年を喰っている。飲みながら思い出すのは、楽しかったあの頃か...。
あの頃は何をしても楽しかったし、全てが明るく光り輝いていた。いろいろあったかもしれないけれど、今となっては楽しかった思い出の一コマ。それに較べて今はそれ相応に疲れて、世俗の垢にまみれている。どんな仕事をしていても、結局はあのころ思い描いていた通りにはいかないものだ。
今まで胸の中で漠然と思い描いていたことが、幼馴染と会うことによってソンウに現実として突きつけられる。自分は正しかったのか、間違っていたのか。そして、極めつけは初恋の彼女に街角で出会ってしまったこと。あの頃、自分は一体何を夢見ていたのだろうか...。

この映画はきっとかなりの低予算で製作されたのだと思う。主人公はイオルだし、主人公の高校時代を演じるのはパクヘイル。正直云ってパクヘイルが出ているとは全く知らなかったので、彼が出てきたときにはびっくりした! ホテルのボーイ役でリュスンボム。今でこそこの三人は主役クラスの扱いだけど、この映画が撮られたときは無名に近かったはず。でも、イオルもパクヘイルもごっつい“いい芝居”してます。きっと当時いちばん有名だったのはソンウの初恋の人イニの現時点を演じたオジヘではないでしょうか? 「8月のクリスマス」でジョォンの妹役をしてました。バンドマンのキーボード奏者はオダルスだと思い込んでいたのですがパクウォンサンという違う方でした(それにしても似ている!)。
でも、映画は予算や役者だけではないんだな。決して明るくないし、アクションでもコメディでもない。観る人の心に響くメッセージがあることが大切、そんな当たり前のことをさらっと教えてくれました。

しかも、ラストがいい。
幸せか幸せでないか。幸福とは一体何なのか。それは周囲や世間からの評価でもなければ、どれだけお金を稼いでいるのかでもない。自分が信念を持って打ち込んでいれば、信じるものを持っていれば、誰が何と言おうとも、それが幸せなんだな。
いや、そんなに大袈裟に受け取ることはないんです。一筋の明るさが見えるラストに、ボクは胸が熱くなってしまった。ただそれだけです。

本当は大きなスクリーンで、ちゃんとした字幕付いた状態で拝見したかったのですが、1年ほど前にソウルで買ったDVDで拝見しました。確か数年前、どこかの映画祭で字幕付きで上映されたことがあるはずです。
今後、パクヘイルかリュスンボムが日本で大ブレークしてくれれば、上映されるかもしれませんが...。
その際には、少々のことは放り出して劇場へお出かけいただく価値があるような気がします。オススメ。

おしまい。