花咲く春が来れば/Springtime

まるで電気ストーブのような...


  

チェミンシクはすごい役者さん。感心してしまうしかない。
これまで劇的だったりドラマチックな展開だったり、そんな激しいストーリーが多かったけれど、今回拝見したこの「花咲く春が来れば」は驚くほど静かな作品だ。抑制されている。観ているこちら側にすれば「ここで来るぞ」なんて思ってしまう展開でも、何だか肩透かしを喰らったような気分にさせられる。
つまらない映画かというと、決してそんなことはない。チェミンシクが演じるヒョヌにしっとりと感情移入して見入ってしまう。ただ、人生経験が浅い若い人が観たときに「面白い」と感じるかは疑問。ある意味、観る人を選ぶ映画なのかもしれない。

本当は「スポ根」ならぬ「音根」風に展開することも出来たはず。でも、この映画の視点はあくまでもヒョヌの心象風景に置かれている。彼がコンクールに対して醒めていたわけではないだろうが、彼にとって大切なのはコンクールで優勝することではなく、自分自身のことだったんだな。何をするにつけ、ソウルに残してきた恋人(元恋人?)の影を引きずってしまっている。

チェミンシクもいいのだけれど、二人の女性がとてもいい味を出している。
それはヒョヌの母親(ユンヨジョン)と、学校の近くにあるクスリ屋さんの女の子(薬剤師?チャンシニョン)。この二人、決してずかずかとヒョヌの心の中を踏み荒らしたりしない、控え目でそっとヒョヌを支えている。
ボクはこの二人を電気ストーブみたいだなと思った。それは電気ストーブは決して部屋全体を暖めてくれはしない、でも自ら電気ストーブに近づいて手をかざすと指先を暖めてくれる、時には熱いほどに。全体に強い影響は与えないけれど、求めに応じて反応してくれる、そんな二人にヒョヌはちびっと甘えてしまっている(悪い意味ではなく)。

またしても、田舎は江原道(カンウォンド)なんでしょうか。海岸沿いではないけれど、山があり川が流れ、鉄道が走り、そして雪が降る。
この田舎街にいるのは純真な少年たち。きっといろんな子供たちがいるのだろうけれど、学校でのさまざまな出来事はすぱっと切り取られ、部活にだけ焦点が当てられている。この生徒の中にいるのがイジェウン。この子は売れっ子の子役で、近日日本での公開予定の「孝子洞の理髪師/大統領の理髪師」にも出ているし、「先生、キムボンドゥ」の演技も忘れられません。

冒頭にも書きましたが、劇的なお話しではありません。でも「まだまだ人生捨てたものじゃないな」なんてそんな気持ちにさせてくれる、それは間違いありません。
寒い寒い冬が終わって、梅の花が咲き、コブシの白い花もほころび始めるころ、そろそろコートやマフラーも必要ないかなと思う、2月の末か3月の頭ぐらいの季節に観たい映画です。
これを、コンクールに主眼を置いた感動作、落ちこぼれ教師と田舎の落ちこぼれバンドの優勝までというありがちなストーリーにしなかったところに、静かに拍手を送りたいと思います。ただ、そのせいで興行的にはしんどかったのかもしれませんね。
日本では昨年(2004年)の東京国際映画祭で上映されていますが、劇場公開はどうでしょう? ちょっとしんどいかもしれません。でも、チャンスがあれば是非ご覧いただきたい作品です。ボクも本当はスクリーンで観たかったな。

このところの寒さと忙しさに負けて、なかなかスクリーンへ足が向いていません。駄目ですね。

おしまい。