セブンソード

いささか強引な『七人の侍』



  

こんな映画が撮られているとは全く知らなかった。それなのに瞬く間に予告編が映画館で流される。その割には派手なプロモーションもないままに結構な規模で全国公開されました。このところチューカなアンテナはすっかりさび付いているからあかんなぁ...。
「普通話(北京語)がメインの言語で使われているので大陸の作品なんでしょうね、きっと」なんて思っていたら、いきなり高句麗の女性(キムソヨン)とへんてこなハングルが飛び出してくるから、最近のチューカな作品はあなどれません。チャンツィイーだって日本の作品にも米国の作品にだってどんどん出ているけど、それ以前に「武士/MUSA」という韓国資本の作品に出ていたし、日中よりも韓中(それとも中韓?)のコラボも結構盛んなんだ。う〜、アジアはこうしてますますボーダレスになっていくんだなぁ。
しかし、ボクの耳にはドニーイェンのハングルはそう違和感はなかったんだけど、ソウルではきっと失笑を買うであろうレベルであったそうだ(ウ〜ム、そうだったのか...)。

ストーリーは、“強引な『七人の侍』”。フムフム、この強引さがある意味チューカな味付けのような気がします。そんな中でも最も強引だなぁと思ったのが、何をさておき、チャーリーヤンともう一人の村人ルーイーが、秘宝の剣を手にしたとたんにいきなり「聖剣」の仲間入りしてしまうことでしょうね。それに馬を自由にあやつれるのも疑問だ。山までは歩いて行っていたような気がする...。もう一つは、ヤンキースの松井にそっくりな風火連城のおっさん(お兄さん? スンホンレイ)。この人の存在意義がボクには最後まで理解できなかった。
いずれにせよ、チューカでは人の命はいかにも安いものなんですね。安いというよりも、まるでゴミのような扱われ方は「これはひょっとしたら現在の中国にも通じるのではなかろうか」と妙な気になりました。そんな勘繰りをしてしまうような扱われ方でしたよね。

結局、何もかも中途半端で、よくわからないお話しなのですが、武侠ものはこんなものなのかもしれません。
作り手の気迫が、必ずしも出来上がった作品に反映されない、そんないい例なのかもしれません。

今となっては遥か昔に拝見したようなあ気さえします。歴史に残る名作だとは思いませんが、ご覧になってもそう損はしないかもしれません。
そうそう、ちびっと中途半端な役でレオンライも出てますね。

おしまい。