ラベンダーの咲く庭で

手紙を燃やしてしまうことが、せめてもの抵抗だった



  

「幸せな瞬間とは何なのか」そんなことを考えた。
人それぞれに「幸せ」の価値観は違うだろうし、同じ体験をしても、それを「幸せ」と捉えるかどうかはわからない。その人がそれまでどんな人生を送ってきたかによっても違うだろうし、心理的に物質的にどれだけ満たされているかによっても変わると思う。

第二次世界大戦前夜。英国のきっと東南側にある海辺の寒村。ここにある古ぼけた屋敷に住む二人の老姉妹が主人公。姉のジャネット(マギー・スミス)と妹のアーシュラ(ジュディ・デンチ)。
嵐が過ぎ去った朝、二人は館から見下ろす海岸に人が打ち上げられているのをみつける。村人の協力も得て、この人を屋敷に運び込む。医者の見立てでは、脚を骨折しているものの命には別状がないらしい。まだ意識を取り戻さないこの人を姉妹はいそいそと介抱する。
浜辺に打ち上げられたのが、太って何の魅力もない人間であれば、お話しはこれ以上進みようがないのだけど、ベッドに横たわっているのは、若くて、知的で、繊細そうな、そして大切なのは美しい青年。

やがて、意識を取り戻したこの麗しの青年は、英語が喋れない異国の人間だった。骨折のために動けないうちに、彼がポーランド人で、名前をアンドレア(ダニエル・ブリュール)という、そしてひょんなことで手にしたヴァイオリンを美しく奏でる腕前なのがわかる。

そんなアンドレアを近くに見て、アーシュラは胸のときめきを覚える。いや、思い出す。
そんな感覚はとうの昔に置いてきてしまった感覚。いつの間にか忘れてしまい、静かなで変化に乏しいこの屋敷の生活にすっかり慣れていたのだ。
アンドレアのベッドの傍で、編み物をする、彼に英語の単語を教える。何かと世話を焼くアーシュラの姿はいじらしく、心のときめきと年齢は関係ないのだと教えてくれる。

この映画の肝要な点は、静かであること、そして騒がないことだと思う。この老姉妹は少なくとも教養があり、まがりなりにも資産家なのだ。
腫れた惚れただけが恋ではない。静かに内に秘め、そして噛みしめるような感情。これも恋なのだ。
そして、アーシュラにとっては、その瞬間こそが「幸せ」なのだ。
ここで、アーシュラが「年齢の差なんて関係ない」と頑張ってしまうと、この映画の価値はなくなってしまう。いじらしい彼女の姿に、ボクは微笑み、そして同情する。

しかし、「若さ」とはなんと残酷なものなのだろう。
「若さ」には、可能性がある。そして「老い」には、もう可能性は残されていないのだ。

ただ、ちょっと手堅くまとまりすぎているような気もする。アーシュラは、ベッドで寝息をたてているアンドレアの姿を見ているだけで、本当に幸せだったのかなと思わないでもない。
それを差し引いても、ご覧になる価値はあると思います。
ボクが拝見したのは、月曜の初回でしたが、ほぼ満席。しかも男性はボクを含めてたったの3人。後はほとんどがシルバー世代の女性でした。う〜ん。
もう暫く新梅田シティの梅田ガーデンシネマで上映中。京都でも上映中だし、神戸では7/23からシネカノン神戸で上映があるようです。

おしまい。