火星に行った男/天国からの手紙

心がキリリと痛む



  

続いてシンハギュンの純情編「火星に行った男/天国からの手紙」。

簡単にストーリーを紹介すると...。
全州(チョンジュ)近くの寒村。この村落で隣の家に住む一家のお父さんが亡くなってしまう。残された幼い娘ソヒは、会いたいがために火星(=天国)に住む父に手紙をしたためる。それを知ったスンジェは、郵便ポストからその手紙を取り戻し、火星からの手紙を代筆しソヒに届ける。そんな日、ソヒは親類を頼ってソウルへ引っ越してしまう。そして、月日は流れ、スンジェ(シンハギュン)は郵便局で仕事をしている。そして今度は、隣の家に独り取り残されたソヒの祖母のためソヒ(キムヒソン)になりかわって手紙を書き続ける...。ある日、ソヒが17年ぶりに田舎へ帰ってくる。美しく成長したソヒと出逢ったスンジェは...。

冷たく言い放ってしまえば、田舎に住む純朴な青年と、野心を抱く都会の美女との結ばれぬ片想いを描いているということ。それだけなら、本当に実も蓋も無いのだけれど、そこに「手紙」という心の交流の手段と、郵便配達員という黒子の存在があり、二人が生まれた村がダムの底に沈むという味付けがなされている。
都会での生活に疲れたソヒが、田舎を訪ね、昔と変わらない純粋な心を持ったスンジェに再開してホロっとしてしまうものの、やっぱり心のどこかで都会(ソウル)への未練がある。のんびりとした生活ではなく、競争と刺激があるソウルでの生活が自分には合っているのだと再認識してしまう。
用事でソウルへ出掛けたスンジェはソヒの勤務先を訪ねるシーン、ここでは胸がヒリヒリと痛くなった。いきなり行くスンジェもスンジェだけど、冷たく追い返してしまうソヒもソヒ。お互いの気持ちがわからないわけではないだけに“痛い”。
たまに帰る田舎はいつまでも変わらずに、思い出のままでいて欲しい。だけど、それはたまにしか帰らない都会に住む人間の勝手な願いであって、数日を過ごしてまた都会へ行ってしまう。待っている田舎の人の立場がかえりみられることはない。
田舎で待っている人だって、こう思っている「たとえ都会へ行ってしまったとしても、心は変わらないはず」だと。
だけどそうじゃない。田舎の暮らしが理想的な環境であったとしても、一度都会の生活に慣れてしまうと、田舎での生活は野暮ったくて、辛気臭いものとしか思えないのだろうな。そう、まるでボクがそんなふうに変わってしまったように...。

この時代に、スンジェのようにウブで純情な男がいるとは思えない。でも、もし、ボクだって世俗の垢にまみれていなければ、スンジェのような心を持ったまま大人になれたかもしれない。その結果が、たとえ都会的価値観と照らし合わせて“不幸”であったとしても。
でも、街で暮らしているとスンジェのような心のままではいられないことをボクは知っている。だから、この映画を観て「スンジェは馬鹿だなぁ」と思いながらも、スンジェを羨ましく思ってしまう。
そんなある意味“悲しい郷愁”を誘う映画だ。

全く現実感がない火星への手紙の束と、妙にリアリティがあるソヒの靴。この二つを抱いてスンジェは火星へ旅立ったんですね。スンジェにとっては、父への手紙をしたためたソヒも、この靴を履いていたソヒも、全く同じ人物だったと言うことなのでしょうね。しんみりする必要はないけれど、ボクはしんみりしながら観入ってしまいました。
いつか再映されることがあるかもしれないし、ビデオやDVDになるかもしれません。お時間が許せばご覧になっても損はしない作品だと思います。

おしまい。