ベルリン,僕らの革命 

これも、青春。



  

気になっていたのになかなか行けなくて、もう大阪での上映が終わるというタイミングでようやく拝見してきたのが「ベルリン、僕らの革命」。
お客さんが一杯入った映画館で観るのもいいけれど、やっぱり映画はガラガラの客席でリラックスして観たいものです。平日の最終回やレイトでのんびりダラ〜っとした格好でビール片手にね。

そんなボクのスタンスと、この映画の中味はほとんど関係ないけれど、「グッバイ、レーニン」級の出来栄えかと問われると、残念ながら答えは「No」だ。でも、それはある意味仕方ない、今回は政治的なメッセージはさておき、どちらかというと青春や若さがテーマなんだから...。

ボクもかつては現在の資本主義的なシステムには疑問を抱いていた。富を持つものが労働者から不当な利益を搾取しているのではないかと思っていた。でも、今はそんなことをあまり感じない。それは搾取ではなく、もし労働者があらゆる意味で等しく利益を享受出来るのであれば、資本主義は成り立たないし、そもそも装置産業は全て成り立たない。それどころか、労働者は労働意欲をなくしてしまう。
そうではなく、何か夢や希望や、いや野心を満足させるような競争社会は必要悪として、社会の発展には欠かせないものなのだ(と思う)。そして、ある程度満足した者がその競争からリタイアしていく。世の中そんなものだと思う。
だから、ヤンとピーターの若さが鼻に付く。「わかる」若さゆえの暴走も。だけど同調は出来ない。
いや、そうではない。この二人が行っている革命や思想は、この際“背景”にしか過ぎないのだと...。

まぁ、難しいことはさておいて...。
ヤン(ダニエル・ブリュール)とピーター(スタイプ・エルツェッグ)は「エデュケーターズ」という、ベルリン版石川五右衛門として暗躍していた。すなわち、悪きをくじき弱きを助ける“正義の味方”。金持ちの豪邸に忍び込んでは、部屋の中をめちゃくちゃにしてしまう。でも、決して何も盗まない。そして「贅沢は終わりだ」とメッセージを残す。
綿密に計画を練り、決して捕まらない万全の体勢で望んでいたのだが、意外なところから綻びが生じ、意外な展開を見せる。

この語り口は“上手い”。
だから、ぐいぐいと物語りの中に引き込まれてしまう。
どうしようもない袋小路に追い込まれてしまった上に、入り組んだ三角関係。
「これから、どうなるの?」

青春とはこんなものだし、男女の仲もこんなものなのかもしれない。
そして、そんな中に大人が一人。このおっさんハーデンベルクが、実にいい味を出している。このおっさんの最後の姿には、ちょっと幻滅したけれど、それも大人でしょう。その裏をかいた三人もあっぱれとしかいいようがないけどね。
これは、青春が真っ只中の若い人が観ても、ちっとも面白くないと思う。そうではなく、ボクのように“振りかえる過去こそが美しい”なんて思っているようなおじさんにこそ、三人の純粋さがまぶしくて美しくて、そして郷愁を誘われるのではないでしょうか。
「何を甘いこと言ってんねん」と思いながらも、かつての自分の姿を重ねてしまうのですね。

大阪での上映はもうとうの昔に終わってしまいました。関西では烏丸の京都シネマで7/1まで上映しているようです。興味がおありのおじさんはお急ぎください。

おしまい。