ウイスキー

はい、チーズ!



  

ウルグアイ。
サッカーが好きな方なら耳にしたあことがある国かもしれないけれど、そうではない方には「いったい、どこにあるの?」って程度のものかな。南米にあります。ブラジルの下(南)、アルゼンチンにはさまれるように位置している国。地図で見るとそんなに大きくなさそうだけど、実は日本の総面積の何倍もあるようです。
そんなウルグアイからやって来た掌品が「ウイスキー」。
きっとウルグアイで製作された映画が日本でメジャー公開されるのは初めてだと思う。その理由は04年の東京国際映画祭でグランプリと主演女優賞を受賞したからでしょう。だから、ボクもこうして拝見することが出来る。ほんとうに有難いことですね。

予告編をちらっと見て「これは面白そうだ」と思った。そして、その思いは裏切られることはなかった。
難しくともなんともなく、じんわりと、しんみりと心にしみいるような作品。ゲラゲラ笑うのではないけれど、ところどころでクスっとしてしまう、そんな人生の機微を何とも上品に、そして上手くフィルムに焼き付けている。無茶苦茶に面白いわけではない、でもふっと思い出してはニヤっとしてしまう、そんな心のひだにひっかっかる作品。
ひょっとしたら若い人が観ても、この映画の面白さは分からないかもしれない、ボクも完全にわかったわけではない。でも、長く人生の経験を積んできた人には、きっと頷けるのではないかな。静かだけど、深くて、どこかおかしい、そしてちょっぴり淋しくて、哀しいいのです。不思議な映画(ちょっと誉めすぎかな?)。

何も事件が起こらないのではない。事件は起きる。
しかもその事件は、ハコボにとって、人生で一大事のような出来事。
今まで縁遠く母親の葬儀にさえ出席しなかった弟がブラジルからやって来ることになった。その弟を迎えるにあたって、今まで独身で通してきたハコボが、弟に対しては結婚していると嘘を付きたいと考えた。
どうしてハコボが、自分が独身であることを弟に告げられないのか、最初はよくわからないけれど、その理由はやがて明らかになる。同じ商売(靴下の製造業)をブラジルで興して成功している弟に対するライバル心だったんだな、きっと。

その臨時の妻役に起用したのが、ハコボの工場で長年勤めているマルタ。毎日を印で押したような生活を繰り返しているマルタ。毎朝同じ時間の同じバスに乗り工場へ一番に来る。そして工場のボスであるハコボがシャッターを開けに来るのを待っている。二人で工場へ入り、電気のスイッチを入れ、ハコボは自分のデスクで新聞を広げマルタが入れてくれた紅茶を飲む...。毎日その繰り返し。終業時間になると、他の従業員(と言っても二人だけ)の持ち物検査をし、タイムカードをチェックする。帰り道は、たまに映画館へ行くぐらいだけしか楽しみが無い。朝になるとマルタはバスに乗り、ハコボはいつものと同じ店で朝食を摂る。
二人とも何年も何十年も毎日毎日、同じことを繰り返しているのに、実はお互いのことは何も知らない。
そんな二人が仮初(かりそめ)の夫婦を演じる。もうすでに惚れた腫れたの年ではない。いや、逆にそんな年ではないからこそ面白い。
そして、弟がブラジルから飛行機に乗ってやって来た。

この二人が夫婦であることが弟に通じていたのか、それともばれていたのか、それは全く関係ない。この映画もその線で進んでいく。偽者の夫婦ですよというのは前提で、物語のエッセンスにきわめて常識人(ちょっとおしゃべりだけど)の弟が登場する。最初は、偽者だということがバレバレだった二人が、やがてそれらしく見えてくるから不思議。
それでも、最後にしっかり線を引きたがるのはハコボのせめてものプライドだったのだろうか。そして、次の朝、いつもの時間に出社しなかったのはマルタの意地だったのか。

いやいや、そうではない。ハコボはもう何があっても何十年も続けてきた生活を変えるのがイヤだっただけ。その意思表示をしたのだ。このたった数日の出来事が、自分のこれまでのリズムを崩すことに対して、ガンとした反対を唱えているのだろう。
男はみんなどこかどうしようもなく愚かで頑固で孤独で淋しい。

くすっと笑えて、ちょっと哀しいね。

おしまい。