キス・オブ・ライフ

会って話しをすること、それが基本



  

いかにしてその恋が成就するのか。ゴールが結婚だとは限らない。ほんの束の間の思いでもいい。相手に自分の気持ちをほのめかし(あるいは告白し、あるいは押し倒してまでも?)その気持ちを相手が汲み取ってくれるだけでいい。その一瞬が幸せならそれでいい(のかもしれない)。

結婚して、子供もいる。ところが、二人の生活はいつの間にかすれ違い始め、夫のジョン(ピーター・ミシュラン)は海外へ赴任してしまう。年老いた自分の父親の面倒を見て、多感な年頃の娘と息子の世話を押し付けられるかたちになったヘレン(インゲボルガ・タプコウナイテ)は、疎外感が一杯。自分だって仕事を持っている。娘は生意気な盛りで、言うことをちっとも聞かない。ここで、父親がいてガツンと言ってくれれば効果もあるだろうに。
ジョンから電話は掛かってくるけれど、言葉を交わせば喧嘩になってしまう。

そう。本当は、子育てを分担して欲しいのでも、娘を叱って欲しいのでもない。
ゆっくりと夫と夫婦の会話がしたい。そして「ヘレン、よく、頑張ったね」とジョンに誉めて欲しい。そうして夫に甘えたいだけなのだ。
一家の舵取りとして、重圧の中で生きていくのに少々疲れているだけだ。

だから、ジョンが嫌いになった訳でもないし、喧嘩を売っているわけではない。愛している。そして、帰って来て欲しい。
ただ、それだけなのに、電話で言われた「帰れない、こっちではボクを必要としている人たちがいるんだ」と。もう数日後に迫った私の誕生日には家族みんなで森にピクニックへ行くと、随分前から約束していたのに。
確かにジョンの仕事は立派だ。傍から見ていても、世の中の役に立つ仕事だ。そんなことは頭の中ではわかっていても、自分の中の何かがそれを許さない。この日だけは“誰かのあなた”ではなく“私のあなた”でいて欲しい。ただ、それだけ。

恋の行く末を見届けるお話しはゴマンとある。でも、一度成就した恋、それが壊れかけている。その恋が再びカタチを取り戻すのか、そんなお話しはあまりない。
燃えるような恋もいい。でも、もう燃え上がりはしない。静かに安定して規則正しい青い炎を上げている恋、上に乗っているスープの煮こぼれで消えそうになった恋の炎。そんな恋のお話しもいいもんだ。

しかし、ボクは知っている。この恋がすでに破綻してしまっていることを。

ジョンの真摯な態度に胸が打たれる。腫れた惚れただけが恋ではない。
会って、お互いの目を見ながら話しをする。ただ、それだけのことが、こんなに難しいことなのか。
愛し合っていても、別れは唐突に訪れる。それは、何も映画の中だけではなく、いつ誰の身に降りかかるのかもわからない。例えば数日前の福知山線の事故のように...。
それだけに、一瞬一瞬を大切にして生きていかなければいけないのだなぁ、そんなことを改めて教えてくれます。

全く派手さは無いけれど、じわじわと心にしみいる佳作ですね。まずまずのおすすめ。
すいません。例によって紹介するのが大幅に遅れてしまい、ヌーヴォでの上映はとうの昔に終わっています。丹念に調べていただくと、どこかで上映されるチャンスの恵まれると思います。それとも、ビデオやDVDになるのを待って、何もすることがない週末の夜デッキにセットしていただくのもいいかもしれません。若い人よりも、人生の経験を積んだ方向きかもしれません。静かにご覧いただきたい作品だと思います。

おしまい。