トニー滝谷 

不思議な欲求不満



  

静かな、とても静かな一人称で語られる作品。
確かに語りは三人称なのだけど、カメラの視点はいつもトニーにある。そして、その視線こそがトニーの視線なのだ。

村上春樹。かつては好きで、いや読んで衝撃を受けて、こんなに透明感がある文章が書ける人は凄いと思ったものだった(すっかり過去形)。
でも、何時の間にか彼の文章を読まなくなってしまった。何もキライになったわけではなく、ボクに合わなくなったのと、彼がヒット作を連発して遠くへ行ってしまったからだろう。
彼のデビュー作「風の歌を聴け」が掲載された“群像”を持っていたのが密かな自慢だったりしたけどね(もちろん、それは震災でどっかに行ってしまいました)。

まぁ、それはともかく映画のお話し。
ここでも展開されるのは、生活感が全く希薄な文字通り「夢のような生活」。トニーはどのように生活しているのか、どのように評価されているのか、どれくらい稼いでいるのか、食べ物は何が好きで、どんな服が好きなのか...。そんなこと何にもわからない。
いや、ここで展開される物語りにそんなことは全く関係ないんだけれど、ストーリーは土台に載っかっているわけでしょ。その土台の部分がこんな夢みたいだったら...。
ぽっとそんな生活に憧れてしまう方もいらっしゃるかもしれないけれど、ボクみたいなおっさんになると「何だかウソ臭く」感じてしまうんだなぁ。年かな。

だから、この映画がしょうむなかったかと言うと、実はそうではない。
結局、その後がどうなったのか。出ない電話がもう一度鳴ったのか。それが気になる。

イッセー尾形は言わずもがなのいい役者。だが、この映画に出演することに意味があったのかどうかは、ボクにはよくわからない。
そして、宮澤りえはイッセー尾形に負けない演技を見せていた。こんな人が着ると、どんな服も恐ろしいほど映えるものなんですね。ただの白い木綿のシャツだって、「ただの」には見えないから不思議です。

肯定も否定もしないけど、何だか「不思議な欲求不満」が残ったのも事実です。

おしまい。