銀のエンゼル

ポルシェのトラクターに乗って


  

若い頃はあこがれもあって、何度も北海道に行っていた。学校が長い休みなると、汽車に揺られて北へ向かった。今ではもうさっぱり行っていないけど。

この映画は北海道の最果て、知床の付け根の上の方にある斜里が舞台。幹線道路に面しているコンビニエンスストア「LOWSON」。脱サラならぬ「脱農」した一家が経営している。
ありきたりな、このコンビニ経営の悪戦苦闘を描いていると思ったら、意外や意外。この店のオーナーを中心とした心暖まるヒューマンドラマ。
コンビニにはいろんな人が集まることを改めて思い出させる。それは、都会でも地方でも同じ。そして、時間帯によって様々な顔を見せる。かつて、コンビニなんて存在しなかった時代には、駅や書店がそんないろんな人が集まってくる場所だったし、ある意味旅館もそんな存在だったかもしれないな。

離農して始めたコンビニ経営。思っていたほど楽じゃない。オーナーとは名前ばかりで、仕事はほとんど奥さん(浅田美代子)に任せっぱなし。近所でガソリンスタンドを経営している友人とスタンドの屋上でコーヒーを飲みながら遊ぶ計画を立てていた。
そんなある日、奥さんが交通事故を起こしてしまい、状況は一変する。数ヶ月の入院。今まで奥さんを中心にして回っていたコンビにも家庭も回らなくなってしまう。自分の手で何とかしようとするのだが...。

一人娘の由希(佐藤めぐみ)との関係は最悪。
入試を控えた彼女が東京の大学へ進学したがっていることも知らなかったし、自分の部屋に鍵を取り付けていたことも1年以上気が付いていなかった。
めぐみにとって父は、一緒に住んでいても存在していなかったも同じ。進学や上京のことを相談する気にもならなかった。それを今さらあれこれ言われても...。

24時間営業のコンビニ。夜のアルバイトにはレギュラーで佐藤くん(西島秀俊)が入ってくれている。深夜シフトに入ったことが無いオーナーとは初対面。寡黙だけど存在感がある佐藤君にオーナーは圧倒されっぱなし。
買い物をするワケでもなければ、何をするワケでもなく、ただひたすら携帯電話でしゃべり続けている女。
店の前の駐車場でラジカセの音楽に合わせて踊り狂う(?)高校生の一団。
まだ小さい頃オーナーをお兄さんと慕って育ち、今や美しい女性となり、スナックを開いている謎の美女(山口もえ)。
街の治安を守るという固い意志に凝り固まった謎の制服警官。
バナナをチンして食べるのが楽しくて仕方ない長髪のお兄ちゃん。
両切りのピースを換金してくれとねじ込むおねえちゃん。
そして、週に4回この店に配達にやって来るロッキーこと六木(大泉洋)。

いろんな人生が交わっているんですね。コンビには。
もちろん、毎日毎日劇的なドラマが繰り広げられるわけではない。でも、何かの拍子にドラマが混ざり合って、何か複雑な様相を見せる。

冬が近づくと「雪虫」が飛び交うそうだ。
北海道の人は、この雪虫を見かけると「もうすぐ冬が来るのだな」と身構えるそうです。
そうして、本物の雪が降り街が白いベールで覆われたある晩、幾つかのドラマが交錯し、一瞬のスパークする。そして夜が明けると、まるで何事も無かったように、いつもの朝が始まる。

ボクが何度も行った北海道。それはあくまでも観光地としての北海道。旅はしていたけれど、決してそこで生活していたわけではない。夢やロマンや希望や美しさややすらぎや癒しを求めていた。綺麗な雪景色も暖かい室内や車内から眺めていただけで、外に出て通勤することも買い物をしたり、雪かきをしたわけではない。旅が終われば、汽車や飛行機に乗ってしまえば、雪もない自分の家にすぐに戻ることが出来る。
でも、この映画の世界はある意味リアルで、生活感がある北海道。
ただ単に雪が嫌とか、長い冬にうんざりではなく、ある程度それを受け入れてしまっている。そんなことは当たり前と達観してしまっている。そして、北海道に、斜里に生きている。

「非バランス」で菊チャンを熱演した小日向文世がオーナーを熱演している。この人北海道の出身だったのね。へらへらしているようで、隠された芯の強さを上手く表現出来るこひさん無しにはこの映画は難しかったかもしれない。ブレイクして欲しいような、それでいてそっと活躍してほしい、そんな思いが交錯します。
浅田美代子は「あのミヨちゃんが...」と思ってしまうけど、しぶとく活躍しているのですね。僕との出会いが最悪だった西島秀俊は凄く得な役。
最近の北海道を舞台にした作品には欠かせない大泉洋も怪演を披露してくれています!

ボクのもう一枚の銀のエンゼルは、いったいどこにあるのかな?!

おしまい。