らくだの涙

本当の暮らしは淡々としているもの


  

この秋は忙しくて、映画を観るペースががっくり落ちてしまった。9月と10月は数えるほどしか観ていない。
11月に入って残暑が終りようやく秋風が吹き始めた。忙しさは相変わらずだけど(こんなハズじゃなかったのに!)、涼しくなって(寒くなって?)身体が楽になったせいか、ちびっと映画を観るペースが戻ってきたような気がする。
一旦、スクリーンの前に座ると予告編はバンバン流れるし、ロビーにはポスターが貼られ、チラシが置いてある。あれもこれも「観なくっちゃ」って気になるから不思議だね。するとぴあを見る目も自然と熱心になってしまう。

東京では観ることが出来ず、梅田での上映のときは映画どころではなかった。それが、神戸で上映しているじゃない! 例えモーニングショウのみとは言え、これは嬉しい。喜び勇んで出かけました!

この作品は、どんな狙いで撮影が始まったのかな?
そんなことを思いながら観ていた。こんなに都合よくらくだの赤ん坊が生まれたのかな? それとも、もう少し違う狙いのドキュメンタリーの撮影が計画されていたのでしょうか?
お話しそのものは、特に無い。ストーリーがある訳ではなく、テーマはある程度絞られてはいるものの、カメラは淡々とモンゴルの大自然の中で暮す一家の様子を捉えている。

ようやく冬が終り、少しずつ暖かくなってくる。もう少ししたら草も芽吹き始める春になる。すると、羊もらくだなどの家畜も出産のシーズン。かわいい赤ちゃんがどんどん生まれる。家畜はたくさんいるから、赤ちゃんもたくさん生まれていく。動物はお母さんと子供の仲が良いのは当たり前。
お母さんは子供に寄り添い、お乳を与え世話を焼く...、はずだったけれど、シーズン最後に生まれたらくだの赤ちゃんの世話をこれが初産だったお母さんがみないんだな、これが。子供がお乳を貰おうと首を突っ込むと、嫌がって拒絶してしまう。
これは、人間たちもどうしようもない。いろいろと試してみるがどうも上手く行かない。果たしてこの赤ん坊は上手く育つのか?

「お乳を飲めない赤ちゃんは死んでしまうの?」という子供の問いに「いや、絶対そんなことはさせない」と力強く答える大人たち。

砂嵐がやってくる。人間も動物たちも、じっとじっと大人しく嵐が過ぎ去るのを息を殺して待つだけ。
次の朝、パオには分厚い砂が積もっている。大人たちはパオの天井にある明り取りの幕を開け、積もった砂を刷毛で落とす。動物たちは何事も無かったように佇んでいる。
そうだ、昔から人間は自然の力を素直に受け止め、調和しながら生活してきたんだ。

物語りが語られるわけではない。
だけど、あっという間に時間は過ぎていく。らくだや羊の赤ん坊もかわいいけれど、人間の子供もかわいい。四世代が同居するこの家族のパオを一度訪ねてみたい。そんな気になる映画ですね。
優しい気分になりたいときに、一度ご覧になってはいかがでしょうか。現実にらくだを飼うのは、ちょっと無理だけど、心の中になら飼うことが出来るかもしれませんよ!

おしまい。