思い出の夏

代返頼む


  

九条のシネ・ヌーヴォ。
ここは時々特集上映をしてくれる。韓国映画だったり、中国映画だったり。今回は初夏の中国映画特集。
事前にチラシをチェックして、ボクがまだ観ていない作品が11本も上映されることを知っていた。近年相次いで公開され、何故かずっと観逃していた「たまゆらの女」「春の惑い」も入っている。
「今度こそ観逃せない!」と思っていたんやけど...。
やっぱりと言うか、案の定と申しましょうか。五回券を購入して意気込んでいたんだけど...。
結局、今回の特集で拝見できたのは、今から報告する「思い出の夏」だけ。あかんなぁ。

「思い出の夏」とは、古い映画ファンの方なら「おもいでの夏(Summer of '42)」を連想されるかもね。
実はボクもそうでした。遥かかなたの昔日、毎日文化ホールで拝見しました。出演者とかは忘れてしまったけれど、思春期の少年が、都会からやって来て海辺の避暑地にある別荘で過ごす“一夏の経験”を甘酸っぱく描いた佳作でしたね。今でもビデオ屋さんとかにはあるのでしょうか? 確か、この映画で使われていた音楽はかなり有名なハズです。

でも、中国映画祭にそんな昔の米国映画をするはずがない。
今回の「思い出の夏」は中国映画。それも、ボクが比較的好きな、田舎が舞台で、子供が主役の作品。

かつての城壁に囲まれた地方の寒村。
ここに映画の撮影隊がやって来る。そしてこの村の小学生を使って、この村で撮影をするという。その子役に選ばれた少年ワンショーシェン(王首先)は、現実とは異なるセリフがどうしても言えなくて、とうとう役を降ろされてしまったばかりか、撮影隊はこの村での撮影を諦め、違う村へ移動してしまう。ところが、撮影隊は露出計を村に忘れていってしまう。この露出計をみつけた首先は、それを届けようと自転車で出発する...。

どうでもいいようなお話しなんだけど、これがね、微妙にボクの心の琴線をかき鳴らす。
確か河北省の大同からそう遠くない村。崩れた城壁が実にいい味を出している。

映画の出だしが実にイイ。
この首先が屋根に登って、アンテナを調節し、何とか自分が見たいチョウユンファの画像を映し出そうとむなしい努力をし、とうとうオヤジに叱られ、靴を投げつけられてしまう。
勉強が出来なくて、小学校を落第してしまったこの首先の駄目さ加減と、何年かぶりに村へやってきた移動野外映画(その映画がチャンイーモウの「キープクール」なのには、何故か笑ってしまった)。この組み合わせも何とも言えない。
この少年のピュアな映画への憧れと、現実との狭間。
彼の現実とは二つある。一つは、集中力がまるでなくて国語の暗記が全く出来ないという切実な学力不足で、何かと先生に睨まれていること。
もう一つの現実は、首先が与えられた役のシュチエーションとセリフが文字としては理解できても、言葉として口に出せないこと。

首先が住む寒村。住民は皆、何かのチャンスにすがって街や都会に出ることを願っているが、現実はそう甘くなく、この地に縛られている。そして、そんなラッキーに恵まれた人たちは、村を出て行けば二度と戻ることはない。この首先だって、こんな村を出て街へ行きたくてしかたない。
それなのに、映画の中の役では、街へ出て行ったものの街での生活に馴染めなくて、村に住む姉の住む家に戻ってきてしまう。彼はそれが理解出来ない。いくらホームシックになったって、村には絶対に戻らない。せっかく手に入れた都会暮らしを自ら手放すなんて「そんなこと有り得ない!」
「やっぱり田舎での生活がいいよね!」というのは、都会で生活しているのであろう撮影隊の勝手な妄想の産物にしか過ぎず、地方で暮らしている者は都市部での生活を切実に願っている。首先はみんなにアンケートを取り、署名活動をし、嘆願書(!)を出す。

とうとう、このシーンで何度も何度もNGを出してしまう。あんなに世話になった助監督は呆れ、監督は怒って撮影を中止してしまう。首先の心は揺れる。迷惑を掛けられないのはわかっている、でも自分の思いを曲げられない。
こんなチャンスを自らの手で逃してしまうなんて...。

つまり、首先にとってこの撮影隊こそは、彼が憧れる都会の象徴なのだった。

夜中にたどり着いた石炭の山の中。真っ黒になりながら、涙を流しながら、それを一生懸命探す姿のには胸を打たれる。この露出計があろうがなかろうが、撮影にはそんなに大きな影響を与えることはないだろう。でも、そんなことはもう関係なかったんだろうな。
自分のせいで撮影は上手く行かなかった。それは取り戻せない。でも、こんな自分でも彼らのために何か役に立ちたかった、ただそれだけの思い。
それが却って迷惑をかけることになっても(いや、もうすでになってるんだけど)、そんなことには考えが及ばない。それでいい、子供の間はそれでいいじゃない。後先のことは考えず、一途に行動してしまう。そんな澄んだ瞳が必要なんだなぁ。

そして、撮影があったことももう忘れてしまったある日。学校では新学期が始まっている。教室のメンバーは以前と同じ。彼もちゃんといる。今度は落第せずに上手く進級できたんだな。
そんな教室にビデオテープが届く...。

「代返、頼む!」

残念ながら、とっくに上映は終わっています。でも、きっとどこかで上映されるチャンスはあると思います。そのチャンスには是非! まずまずのオススメです。

次回は「ペジャール、バレエ、ルミエール」の予定です。はぁ、溜めるとツライね。

おしまい。