上海家族

一歩を踏み出す


  

数年前までは、年に一度は行っていた大陸にも最近はちょっとご無沙汰。仕事関係で行くこともなくなったので、仕方ない。ビザも要らなくなったし、この春からは、関空から杭州への直行便も就航しているのになぁ。
杭州も北京・上海も随分変わっているだろうな。初めて大陸に行ったのは88年の年末だから、もう15年以上になる。街だけでなく、中国という国そのものが変わった。今や“世界の工場”から“世界の消費地”になってる。今繁栄している“中国バブル”が崩壊したら、冗談ではなく“世界不況”に陥るほど、中国は経済面でも鍵を握っている。
何しろ、この人口に、あの逞しさ。今後しばらくは、良くも悪しくもまさしく、中国の時代。

大陸の映画を観るのは久し振り、「ションヤンの酒家」以来かな。
今回、舞台は重慶から現代の上海へ、そして人情劇。何も特別な人や、特権階級の人が出ているのではなく、少しは(いや、随分かな)恵まれているかもしれないけど、上海に暮らす市井の人々が主人公。それだけに、華美ではなく、割と等身大に近い生活が描かれている。

この映画のテーマは「家」なのかな。 「○○家」という家ではなく、まさしく人が家族が住む住居としての「家」。母と娘が、様々な出来事に出会いながら、自分たち二人が住む部屋を探して上海を彷徨う。そんなお話し。

この映画の最初のカットがいい。カメラは固定され随分長くまわる。
朝。ある集合住宅の一階、ここに住むいろんな人々が降りてくる、出勤や通学。挨拶を交す人、急いで駆け出して行く人、牛乳配達の単車が入ってきて、備え付けのボックスに牛乳を入れ、出て行く...。
このあわただしい朝の一時を描写して、これからのお話しが、普通の人々の、どこにでも転がっているかもしれない人々お話しなのだと観る人に教えてくれる。

毎朝、娘はお父さんのバイクに載って通学して行く。お父さんは校門まで送ってくれる。お母さんは小学校の先生。見るからに、幸せそうな三人家族。
でも、一転して、そうでもないことがわかる。娘が今までかぶっていたヘルメットをかぶり、娘が座っていたシートに座る女性がいる。お父さんは娘を送ったその足で、若い女を迎えに行く。

お母さんは、堪忍袋の緒を切らし、娘と家を出てしまう。そして、向かった先は自分の実家。母親と弟が住む家。
この家は昔ながらの家。もともとは、一世帯用に作られた二階建ての長屋を、一階の炊事場を共用で使い、一階と二階に別々の家族が住んでいる。今では珍しいけれど、少し前までよくあったタイプの住居。
自分たちを受け入れてくれた祖母だけど、きっちり刺す釘は刺す。祖母の言葉は正論だけど、行く当てがない二人の心には突き刺さる、“まるで、意地悪ばあさんだ”と。
自分の稼ぎだけでは、新たに部屋を借りて住むことはできないと知っている母は、苦肉の選択をする...。

この映画には四つの家が登場する。そのどれもが高層アパートではなく、築10年以上からそれ以上の建物ばかりだ。
そのそれぞれが、住む人に似た表情があるような気がする。毎日当たり前のように暮らしていると、気付かないけれど少し離れている人には良く見えるんだろうなぁ(ボクの家はどうなんだろう?)。
世の中には家族の数だけ家がある。そこには表情があり、生活があり、匂いが あり、そして喜びも葛藤もあるんだなぁ。

よろよろとよろめいて、元の鞘に収まろうとする母親を娘が諭す。そして、二人で新しい生活を始める決意をする。
なんだかこの終わり方はちょっと綺麗すぎるけれど、この騒動で母親は生活そのものがひっくり返ってしまい、娘の方は淡い恋を終わらせてしまう。少々甘くても、苦労した二人が新しい生活の扉を開いてもいいやん、って感じになりますね。
それにしても、蘇州河か外灘を眺められるあんな部屋ならボクも住んでみたいよ!

母親は「古井戸」でチャンイーモウを婿にとる未亡人・喜鳳を演じていたリュイ・リーピン。この人、歳を重ねて角が取れいい顔になりました。娘の阿霞(アーシャ)には全くの新人だというチョウ・ウェンチン、ちょっと表情が硬いけど、いかにも今時の若い人って感じ。おばあさんも何度も見かけたことがある人。
この女・三世代がそれぞれの時代を象徴して、変わり行く中国をあらわしているのでしょうね。

昔なら、離婚するなんて考えられなかった「だから、よく考えて結婚しろ」って云ったじゃないか、それを今さら頼ってくるのなら、我慢しなさい、という祖母。
とても一人では生きていけないし、生活も支えられない、それに阿霞のこともあるし...、と思い詰める母親。
嫌な人、信頼できない人と暮らすことはない。自分たちの道は、二人で切り拓こうと母親を鼓舞(?)する娘。

ちょっと感じが違うけど、家族と家という切り口は、以前観た「しあわせの場所」という映画を思い出しました(こちらの舞台は天津)。
しかし、この映画の中で若い世代が口ずさむ流行歌(表現が古いなぁ)をどれ一つ知らなかった。ボクとしては、こんなところが少し悲しい、最近いっこもチャイニーズ・ポップ聴いてへんしなぁ...。

もう少し(6/18まで)、OS劇場C・A・Pで上映しているようです。
スターが出ているわけでもなく地味な作品ですが、中国に興味がある方には、ある意味等身大の中国(上海?)の姿が垣間見られる映画だと思いますよ。
あぁ、大陸に行ってみようかな?

おしまい。