わが故郷の歌

歌の心は失わない


  

今まで知らなかったことなんて、山のようにある。それどころか、知っていることの方がうんと少ない。
でも、映画を観ることがきっかけになって、知ることもたくさんある。

クルド人の問題もその一つ。 トルコ、イラン、イラクの三カ国にまたがる山岳地方に住む民族(最近はこの付近の地図を見ることが多くなったけれど、なかなか頭に入らない)。もちろん独自の文化と言語を持つ民族。それにもかかわらず、三つの国に分割されることを余儀なくされた民族だ。このクルド人の歴史的背景の詳細について、残念ながらよく知らないけれど、民族の誇りを胸に映画を発信している。ボクもこのクルド人問題を扱った作品を以前に何本も観ている。
この映画もナショナリズムを声高に唄うプロパガンダ調の作品ではない。
ちょっとしんみり考えさせられながら、民族とは、己のアイデンテティーとは...、そんなことを思ってしまう。
もし、クルド人を描いたと知らなければ、それはそれで済む。この映画は、難しいことを考えなくても別にかまわない。観ていて、そこそこ面白く、ユーモラスに出来ている。そんなところが、実に上手いんだなぁ。どよよんと暗いお話しではないので安心してご覧ください。

よくわからないけれど、国民的に有名な歌手ミルザとその二人の息子が主人公。
下の息子が父親に呼ばれ、荒野につけられた道をサイドカー付きのオートバイで駆け抜けていくシーンから始る。と、思ったらバイクはトラクターの荷台にのっかっていたのだ。そんな、どこかユーモラスなスタート。
兄貴と一緒に住む父親の許に着くと、最初に兄貴から釘を刺される「一緒に行くとは言うなよ」と。それが次には「俺は行かないからな」に変わる。
そして、次のシーンでは三人がオートバイとサイドカーに載り、どこかを目指して道を走っている...。

背景はよくわからないけれど、それは捨て置かれたまま、これと言ったか解説や説明はないまま、強引に物語りは進んで行く。
どうやらミルザの別れた後妻ハナレが国境の向こう(たぶん解放前のイラク)にいて、ミルザに助けを求めて来たようだ。息子たちは、同じバンドのメンバーだった男と駆け落ちしたハナレのことなど放っておけと思うのだが、ミルザは頑として聞き入れず、こうして三人で旅に出ることになってしまった(ようだ)。

それが、ハナレの居場所がハッキリしない上に、彼女の手紙を預かっているはずの人を訪ねても、手紙を紛失していたり、伝言があやふやだったり...。
それどころか、戦火で訪ねた先の集落そのものが消滅していたり、難民キャンプが移動していたり...。どうも要領を得ない。そして三人の旅の日々は続いていく。

途中から、どうやらこの映画のテーマは、ハナレを見つけ出して、彼女を無事救うことにあるのではなく、三人の旅(まさしく“珍道中”)を通じて、イランとイラクの国境地帯に住むクルド人たちが置かれた立場を紹介することにあるとわかった。きっとそうなんだろうな。
この映画は、先に観た「アフガン零年」とは全く違う切り口で、このイスラム文化圏に住む人々の現状と暮らしをレポートしているんだ。
空間を埋め尽くす難民キャンプのテント。そこで生活する人々。
不思議な口上をわめいてクスリなどを売りつける医者。理不尽な扱いを受け道端にクビまで埋められる公証人。かと思うと、山賊に襲われ身ぐるみはがされた二人の警察官などにはニヤっとしてしまう。
そして戦争が原因で孤児になった子供たちを集めたキャンプ。彼らが見上げる遥か上空には飛行機雲を引いて飛ぶ旅客機。四六時中耳をつんざく戦闘機の爆音、そして子供たちが折った紙飛行機は静かに空中を滑っていく。
そして、この三人の親子はきっと本物のミュージシャン(大道芸人?)なんだろう、不思議な形状の縦笛とタンバリンを巧みに操り、美しい旋律の歌を聞かせてくれる。いかに、民族が国境で分断されようが、歌は失わない。明るさも失わない。
「戦争で歌は忘れられた」
「いや、人々はみんな歌ってる。歌は永遠だ。人々から歌を取り上げることは出来ない」

どうって言うストーリーがあるわけではないけれど、そのカットの一つひとつに意味が込められている。
兄貴が父親と暮らす集落の煉瓦工場で重労働をこなしているのは女ばかり。国境近くの喫茶店のオーナーはひとところに長居したことがないと言う。廃墟になった集落にしがみ付いて暮らす老夫婦。結婚する条件に、私にも唄わせろと迫る謎の娘...。

スカッともしない、かと言って、心に何かが沈殿していくわけでもない。
確かにまとまりが悪くて、歯切れが悪いけれど、何か力強く訴える作品です。
以前観た「酔っぱらった馬の時間」にどこか似ているなと思ったら、同じバフマン・ゴバディ監督の作品でした。
チャンスがあれば、デコボコ親子三人組の珍道中をご覧になっても損はしないと思います。
この日はモーニングショウのみ、40名ほどの入りだったので、正直びっくりしました。梅田ガーデンシネマでの上映は終了しましたが、神戸、京都では近日中に上映されるようです。

おしまい。