キッチン・ストーリー

静かな男のストーリー


  

この映画は、この日が初日でボクが観たのは初回。ル・シネマでも手前にある大きいほうの劇場での上映。満員ではなかったけど、4/5ほどは入っていたかな。

何とも形容がしにくい映画。ヒューマン・ドラマなんだけど、かなり凝った造り。すんなり一筋縄ではいかない。
コメディなんだけど、ゲラゲラと笑うのではなく、時折クスっとする程度。でも、冷静な眼でみたら、この映画は全てがコメディになっている。だけど、大真面目に作ってあるから、普通にみていたら、ありゃりゃって感じかもしれない。
そもそも「家庭研究所・HFI」そのものがかなり“怪しい”よ。もっと怪しいのは、この研究所の首謀者ユングバーグ博士だけどね。

スウェーデンからノルウェーへの国境。ボーダーのチェックはほとんどフリーパスで、パスポートのチェックすらない。ただし、車線の変更を要求される。スウェーデンでは左側通行だけど、ノルウェーでクルマは右側通行。今まで左車線を走っていたキャンピングカーを牽引した乗用車の車列が、国境で右側に車線変更していく。
ユーモラスと言うより、少々滑稽ですらある。中には右側走行に慣れなくて、気分が悪くなる者までいる。

1950年、北欧では、主婦か台所でどんな動線で家事をこなしているのかをつぶさに観察して、その効率化を図ろうという計画が大々的に行われ、台所の画期的なレイアウトが考案されていた。その結果、北欧の主婦は大いに恩恵を受けていたのだ。
その計画の延長戦上に持ち上がったのは「じゃぁ、独身の男性の動線はどうやねん?」 ノルウェーの独身男性の台所での動きを監察するために、スウェーデンから大量の捜査員が送り込まれる...。

ここでようやくこの映画が動き始める。
雪に囲まれたノルウェーの寒村にやって来た調査員フォルケ(トーマス・ノールストローム)。そして、赤い馬一頭と引き替えに彼の調査を受け入れるヤモメ暮らしの老人イザック(ヨアキム・カルメイヤー)。
この調査に応募したことを後悔していたイザック、最初はフォルケを家の中に入れることさえ拒否していたのだけど、とうとう折れる。
そして、イザックのキッチンには不思議な光景が。台所の片隅にテニスの主審が座るような椅子が設置され、そこへフォルケが座り、イザックの行動を逐一帳面に記録していくのだ。
調査員と被験者は交流を持つことを禁止されている。言葉を交わすことすら禁じられている。この風景、客観的に見れば(見なくても?)かなり異様。

このイザックというオヤジ、なかなか一筋縄ではいかないおっさん。
まず、見張られるのがイヤで、台所で一切炊事をしない。二階の寝室にコンロを持ち込んで、煮炊きはここで済ませてしまう。
そして、最初は嫌がらせのように、台所の電気を消す程度だったけど、ふと“いいアイデア”が浮かぶ。フォルケが座る天井に二階から穴を開け、逆に二階からフォルケを見張ってやろうというのだ。

だけど、何も起こらない。
このお話しには、劇的な事件はない。
ただ、やがてフォルケとイザックは会話が始まり、二人の間には友情が芽生え始めるのだが...。

この二人に、イザックの近所に住むこれも独身オヤジのグランドの関係がなんとも微笑ましい。また、フォルケの上司もいい味を出している。
スウェーデンとノルウェーの二国間に横たわる感情のわだかまりも何だか面白かった(実際はどうなんだろう?)。
フォルケが運んできたキャンピングカーが秀逸だし、彼の服装がいいね。それに、今まで何も知らなかった北欧の生活が垣間見られるのも興味深い。本当に自分で蹴るあんな橇が使われているのだろうか? 
現代のクルマはどうして優雅さを手放してしまったのだろう? この50年代のボルボを見ていると、実用一点張りの今のクルマのデザインは何とも味気ない。

面白いと思ったのは、12月のノルウェーは寒いはず(実際に雪も積もっている)なのに、出演者の誰一人として「寒い」とは言わないこと。
彼らにとって、クリスマス前の寒さなどまだまだ“寒い”うちには入らないのだ。

じんわりと心にしみいる地味な面白さ。印象に残ります。
ただ注意して欲しいのは、何か刺激的な面白さを求める方には向きません。
大阪ではそのうちシネ・リーブル梅田で公開されるようです(日時は未定のようです)。そこそこのオススメ。ちょっと玄人向けかもしれません。

ボクも馬の背に揺られ、猫のマフラーをして眠ってみたいよ。

おしまい。