「パリ・ルーヴル美術館の秘密」

一人ひとりに支えられている


  

少し遅くなったけれど、残念なニュースが届いている。
作家の鷺沢萠さんが亡くなった。最初は「亡くなっているところを知人がみつけた」という報道だったけれど、少し遅れて「自殺だった」と続報された。
この人が書いた「君はこの国が好きか」という小説は、ボクが最も好きな小説のひとつ。
主人公の女性・アミが自分の母国である韓国・ソウルへ行く。ただ行くだけではなく、日本で生まれ育った自分が「読めない、話せない」韓国語を学ぶために留学し、そのまま大学の本科に進む。ソウルで起こる様々な出来事が素直に語られ、日本と韓国の様々なギャップに苦しみ、あげくに「嫌」になりながらも、なお韓国に固執する。それは何故か。その理由は書いていないけれど、アミは自らのアイデンテティを確立するために、逃げられない、超えなければない壁と捉えていたのだろう。ボクはそのアミが眩しかった。ボクのどこにそんな自我の意識があるだろうか?
そんな難しいことを考えなくてもOK。青春小説としても、凄くいいので是非一度お読みください。新潮文庫から出ています。一緒に収められている「ほんとうの夏」も、いい作品です。
「こんな人かなぁ?」といろいろ想像していたところ、ある日唐突にテレビで本人を見かけ、そのギャップに腰が抜けるほど驚いてしまった。ギャップの大きさナンバー1の文化人やったなぁ。その影響もあってか(?)、最近は読んでいなかったけれど、もう彼女の新作を読めないかと思うと淋しい。
鷺沢萠さんのご冥福をお祈りいたします。

さて、

今回観てきたのは「パリ・ルーヴル美術館の秘密」。水曜日のレディスディ。九条のヌーヴォにはレディスディも関係ないだろうと思っていたけど、ありゃ、ヌーヴォの狭いロビーは人で一杯。50名ほどいるかな。ちょっとびっくり! それに、いつものヌーヴォとはちょっと匂いが違う(ような気がした)。

フランス、パリ、ましてやルーヴル美術館に行くことは恐らくないと思う(どうかな?)。だけど、誰もが知っているこの美術館のドキュメンタリーは観てもいいかな、と思った。
ここに行ったことがある人、行きたいと思っている人は、是非ご覧ください。
ボクは、ルーヴルという名前は知っているけれど、名前以外に知っていることは、ミロのヴィーナス、モナリザがあることぐらい(なんという常識の無さ、恥ずかしい)。

この映画は、ルーブル美術館の歴史や来歴、収蔵品の数々が披露されているのではない(それも、少しは知りたかったけど)。ハード面ではなく、ルーヴルを職場にして働いている人々に照明を当てている点がユニーク。

出だしは、収蔵品の収納シーンから始る。早朝の中庭にクレーン車がやって来る。巨大な絵が吊り下げられ、二階の搬入口へ入っていく。当然、とても丁寧に扱っているのだけれど、絵が描かれている面が剥き出しなのには、少々驚いた。
次に映し出されるのは、延々と続く地下通路。この通路をインラインスケートを履いて滑っていく職員を追いかけていく。事務職なのか、メイルボーイなのか? 
こんな風に、ここで働く人たちが紹介されていく。彼らは、ある程度カメラを意識しているが、台詞を喋りはしないし、ナレーションも入らない。画面を観ているボクらは、映し出される人たちが知り合いで、その仕事振りを隣で見ているような気分。

夜間に鍵の束をジャラジャラさせながら、懐中電灯を片手に展示室を見てまわる警備担当。命綱を腰に付けて、ガラスを磨く清掃担当。絵筆を片手に頭をひねる修復担当。見学者を案内するアテンダント。額に金箔を張る職人さん。展示室に作品を掛けるためのクギ打つ作業員。...。
こんな仕事があるんじゃないかと思えるありとあらゆる仕事がルーヴルにはある。
ここルーヴルにしかない仕事もあれば、人が集まるところには必ずあるような仕事をルーブルでする人もいる。だけど、そのどれかが欠けただけで、ルーヴルは上手くまわらなくなる。
そんな彼らの黙々と仕事に取り組む様子が、感情を交えずに淡々と描かれる。 どの仕事が重要で、どの仕事が重要ではないのか、そんな描写ではない、彼らの一人ひとりがルーヴル美術館を支えている。実際、働いている人たちにも「自分がルーヴルを支えている」というプライドを持っているように見えた。

まるで夢でも見ているかの気持ちになる。
そして、そう長くないこの映画は唐突に終わる。

ルーヴルの主役は確かにここに収蔵されている美術品かもしれない。でも、本当はここで働く人たちかもしれませんね。
あぁ、一度パリに行ってみてもいいかな。

少し前に観た「エルミタージュ幻想」も美術館を紹介した作品だったけど、「エルミタージュ幻想」はいかにも野心に富んだ実験的な作品だった。今回のルーブルと併せてご覧になれば、面白いと思いますょ。

おしまい。