「かげろう」

不思議な香りが漂う


  

こんどもフランス映画。
第二次世界大戦の最中、1940年。パリはナチスの手によって陥落し、市民は街を捨て南仏目指して避難を始める。道には大きな荷物を持った人々で溢れている。歩く人、馬車の人、そしてクルマの人...。そこへ爆音とともに戦闘機がやって来て機銃掃射と爆撃を繰り返す。轟音と爆発、悲鳴、泣き声、そしてもう二度と喋らない人が横たわる。
戦争とは悪夢だ。それ以外に何物でもない。

オディールは息子とまだ幼い娘を連れて、クルマで避難していた。そこへドイツ軍機が襲いかかる。クルマは炎上し、行列は四散する。オディールたちを助けて森へ逃れたのは坊主頭の青年イヴァン。
このイヴァンは、怪しい匂いと、不思議な野性味を持ったちょっと謎めいた魅力がある。彼に導かれるまま四人は森で一夜を明かす。
荷物を積んだクルマを失い、オディールは途方に暮れていたのだけれど、子供の手前、弱気にはなれない。かと言ってイヴァンをどこまで信頼していいのかもわからない。

イヴァンが住民が避難して無人になった屋敷を見つけてきた。森の中にポツンと建つ一軒家。ここに入れば夜露はしのげるし、食べるものもあるかもしれない。でも、彼女の理性が、他人の家に勝手に浸入し占拠することを良しとしない。
そんな彼女の思いとは関係なく、イヴァンが窓を破り、やすやすと屋敷に入り込み、中からドアを開けてオディールたちを招く。逡巡していたけれど、気持ちの良いベッドからの誘いに「ほんの少しだけ...」と入ってしまう。

そして、この屋敷での不思議な生活(?)が始まる。
最初は少しだけだと思っていたのに、一日、二日と日は過ぎていく。残されていたビスケットを食べ終えてしまうと、イヴァンがどこからか鶏やウサギを捕まえて来る。カーヴには高級ワインが残されていた。

この生活は、イヴァンの存在は、夢ではなかったのか。「かげろう」だったのか。
観終わって、この映画のタイトルの意味がわかった。
戦争という悪夢の中で、オディールが見たのは束の間の「かげろう」だったんだ。
命からがら避難する道すがら、実際に生命の危機にさらされ、子供を守らなければならないという重圧。そんな異常な精神状態の中でいろんな思惑が交錯して、自分が引いた線を次々と踏み越えてしまう。生きるため、子供のためと自分に言い訳しながら。こんなこと長続きするワケはないと知りながら。

主演のエマニュウエル・アベールは「8人の女たち」でメイド役をしていた人ですね。今回は全く違う存在感のある役柄を演じています。この人、表情で演技できる役者さんです。
イヴァンのキャスパー・ウリエルもいい感じです。大人でもない、さりとて子供でもない、心と身体のバランスがとれていない、そんな17歳を上手に演じています。オディールの息子役の男の子もかわいくていいですよ。

まだ上映しているのかな。ちょっと不思議な印象を残す作品でした。

おしまい。